私が患者だったらどんな鍼灸師に診てもらいたいか

共感力よりも想像力が理解を生む

人は病気や怪我をして、はじめて健康の価値に気がつきます。私もそうです。自分の体調が悪いときの方が、患者さんの気持ちがよくわかります。だからといって、自分の調整が悪かったら余裕がなくなり患者さんの対応がお粗末になってしまいます。

患者さんに共感することは大切です。

しかし、共感しすぎてしまうと患者さんの感情に巻き込まれて、精神状態が悪化します。実際に、共感力が高すぎるために疲れたり体調を壊してしまう鍼灸師は少なくありません。こうした患者さんのネガティブなところに同調してして体調を壊すことを業界では「かぶり」と表現されています。

かぶりを回避するには、知性や理性で対応するしかありません。言葉にすると、冷たく感じてしまうかもしれませんが、これは学術以前の重要な思考でありテクニックです。

共感力に頼りすぎの問題は、施術者自身の体調を守る以外にもあります。共感は、自分が過去に経験したものに偏ります。施術者自身が基準になってしまうと、サービスとして歪なものになってしまいます。

そこで大事になってくるのが想像力です。想像力は鍛えられます。想像力を支えているのは知識です。勉強すればするほど想像力が強化されます。自分の経験の外にあるものを理解して、患者さんの悩みを共有することができます。

また、ここで「経験」についても書いておこうと思います。患者さんは、体を預ける鍼灸師が経験豊富であるかどうかをとても気にします。私にも駆け出しの時代がありましたから、年齢によって患者さんの見る目や態度が変わってきていることを肌で感じます。単純に従事している年数が多かったり年齢が高い方が患者さんは安心する傾向があります。

経験年数よりも症例を整理した数が大切

実際は、従事している年数が経験値と比例はしていません。どれだけ携わった症例を整理しているかどうかが重要です。整理の方法は、必ずしも学術的なルールに基づく必要はありません。過去に似たような症状を診ていたら、その時にどんな考えでどんなツボを使ったのか説明できればよいのです。

そもそも、記録(カルテ)がなければ、過去の症例を参考にすることもできません。記憶は都合よくすり替えられてしまいますから、記憶に頼るのはよくありません。

ただ、名人や天才と言われている人ほど、記録する習慣がないように思います。名人や天才にあこがれて真似をしてよいのは、天賦の才を持つ人だけだと思います。本当は、名人ほどカルテを後進のために残してほしいと思います。

澤田健は、昭和に活躍した天才鍼灸家ですが、例外にもれず記録をほとんど残していません。澤田先生の治療を記録して『鍼灸真髄』という書籍にまとめた代田文誌先生はすばらしい仕事をしたと思います。おかげで、沢田先生の施術内容と思考の一部に私たちは触れることができます。

ネットの症例を読んで予約される方

ネットで調べて来院される方が半分くらいです。そのほとんどが症例を読まれています。自分と似た症状がアップされているかどうか、とても気にされています。私が患者でも同じです。ピタリの症状があれば迷いませんし、似たような症例があったら第一候補になります。

同時に強く思うのは、類似した症例があっても患者さんの不安は残っています。似た症例を読んだから来院したはずの患者さんが「同じ症状の人を診たことがありますか?」と質問されることが少なくないのです。

冷静に考えれば、この質問そのものが矛盾しています。でも、この矛盾こそが患者さんの心理の本質を教えてくれているのです。患者さんは理性的ではありません。つらい症状がある時は理性が弱まっていて感情的です。だから、この感情を受け入れることを大切にしています。逆にいうと、患者さんが冷静に考えられるようになっていたら半分は救えていると思います。

患者さんを迎える側は理性で対応しなければいけませんが、患者さんに理性は求めません。症状が改善すれば理性は自然に戻ってきます。こうした考えに基づけば、患者さんに必要な説明は、理性に届けるものではなく、感情に届けるものです。不安という感情に届く説明が必要です。

専門知識を高めるほど、説明は理性がターゲットになりやすいです。だから勉強熱心な鍼灸師は現場に出て躓いてしまうことがあるのです。学校の成績がそのまま臨床力にならないのは、こうした理由が大きいのではないでしょうか。誤解しないでください。学校の成績が意味がないと言いたいのではなく、患者さんの感情を理解していないと、学校で得た知識や技が役立てられないかもしれない、とご理解ください。

困った時に居てくれる安心感

経営の勉強をすると、必ずリピートの話になります。リピート率をいかに上げるかみたいな話になるのですが、私は興味がありません。なぜなら、患者さんはそもそもリピートするつもりで来院されていると思うからです。期待している通りか、それ以上なら必要な回数はリピートしてくれます。

患者さんに、「1回では取り切れない症状なので、何度が通院する必要があります」と告げた時、「最初から1回で取れきれる症状でないと思っているので、最初から通うつもりで来ました」と返ってきます。

ですから、患者さんはリピートするつもりでやってきていると思って対応しています。鍼灸院は、リピートを促して売上を上げる仕事ではないのです。リピートが必要な方の、リピート回数をできるだけ減らす仕事です。

リピート回数が減ったら売上が落ちてしまって経営が苦しくなると懸念される方もいらしゃるでしょう。でも、心配ありません。リピート回数が少なめで改善した人は、新しい方を紹介してくれます。リピート回数は下がっても紹介数が増えます。私はこれまでこうした考えで経営してきました。

リピートを前提とした患者さんにとって、期待以上であることが大切です。もし、あおるような広告で患者さんを集めてしまうと、その期待以上を提供するのが難しくなってしまって、結果は出しているのに期待はずれとなってしまいます。

大事なのは結果だけではありません。「困った時にいつでも相談に行ける」という安心感も重要だと思っています。何年も通院していなかった患者さんから突然予約が入ることがあります。こういう患者さんが増えると経営は安定します。ですから、今やっている仕事は3~5年後の安定のためなのです。逆にいうと、今の売上は3~5年前の仕事がつくっているのです。

いつなくなるかわからない鍼灸院い行きたいと思うのでしょうか?
いついなくなるかわからない鍼灸師に体を預けようと思うでしょうか?

私なら選びません。一度選んだらずっとお世話になりたいです。中には、いろいろな鍼灸院を巡り歩く人もいますが、そういう方は対象外です。

技術があっても理解してくれない鍼灸師には診てもらいたくない

このテーマの結論になりますが、私が患者であるならば、もっとも重視するのは理解してくれる鍼灸師です。技術力があるかどうかは当然気になるのですが、いくら技術があっても、私の悩みを理解してくれない鍼灸師なら二度目を受けようとは思いません。

理解するには、学術的な正しさよりも感情の源泉が大切です。どうして、そのような感情になっているのかに関心を持つことが必要です。知ったから解決できるとは限りません。というより、ほとんど力が及ぶものではありません。聞いて理解するだけです。

患者さんが話したがらないものをむりやり聞き出すこともありません。患者さんが理解してほしいと思っている部分だけに耳を傾けます。

患者さんは、ネットの情報だけで鍼灸師のウデを判断するのが難しいです。口コミも参考になりません。あなたが「超うまい!」と思っているお店の星の数は平均であったりしませんか?やはり行ってみないとウデはわかりません。

「鍼灸院は相性が重要だ」という人もいます。確かにそういう側面があることは否めませんが、実際は「理解してもらえるかどうか」で相性を判断しているケースが多いのではないでしょうか。

さいごに

私も一人の人間ですから病めるときもあります。病院に行って症状を訴えた時、理解してもらえているのかどうかを気にします。医師の態度を冷たいと感じるのは、理解する姿勢が見られないときです。検査の数字だけを見て、目を合わせることもなく「大丈夫ですよ」と言われてもぜんぜん大丈夫ではありません。むしろ、不安が広がります。その医師が名医だとしても、名医であることに気づくこともないでしょう。

医学は学問だから、人間関係に左右されませんが、医療は人間関係の中で行われるものです。言い方を変えれば、人間臭いものです。つまるところ、私が選ぶ鍼灸院というのは、人間臭さを感じるところです。AI(人工知能)ですら人間臭さを獲得し始めているのですから、うかうかしていられませんね。

孤独を感じたり人間関係に悩んだ時におすすめの本を紹介して終わります。

IMG_3189

Twitterもやっています。
https://twitter.com/kuri_suke

【よろしければ投票してください】
応援クリックありがとうございます(1日1クリック有効)。
2つのランキングサイトにエントリーしています。
にほんブログ村 健康ブログ 鍼灸(はり・きゅう)へ  

コメント

タイトルとURLをコピーしました