日本鍼灸の心は江戸にあり

日本鍼灸の心は江戸にあり

江戸時代の鍼術はすごかった

日本の鍼灸の最盛期は江戸時代でした。江戸時代の流儀書はたくさん残されており、学生時代は放課後に図書室でオリエント出版のものを読んでいました。高価なので鍵付きの棚に入っていました。毎回司書さんにお願いして開けてもらっていました。江戸の流儀書を読むには最高の環境だったと思います。

杉山真伝流

江戸の流派でもっとも有名なのは、杉山真伝流です。日本独自の管鍼法を広めた流派として有名で、鍼灸師でその名を知らない人はいません。内容となると、鍼灸師のほとんどがわかりません。杉山真伝流宗家○代目、という継承者がいるわけではありません。

他にも、吉田流鍼術、匹地(ひち)流鍼術、入江流鍼術、多賀流鍼術、夢分流などが有名で、流儀書などの記録が残っていないものがあるでしょうから、その数を正確に把握することはできません。明治時代になると、政府は医学を近代化しようと伝統的な医学を排斥しました。明治維新は歴史ドラマで人気のある時代ですが、影で苦しい境遇に遭っていたのは鍼灸や漢方薬です。ほとんどの流派の継承は途絶えたのです。

伝説の鍼灸家、澤田健

大正時代になって途絶えた医学を取り戻そうという動きが芽生えます。先陣を切ったのが澤田健です。鍼灸師でこの名を知らない人はいない伝説の鍼灸家です。澤田健の鍼灸は後に澤田流と呼ばれるようになっています。

ただ、本人が流儀書のような書物を残していないため、弟子が付けていた臨床記録(『鍼灸眞髄』)から、推測するしか術がありません。いろいろな意見があるでしょうが、完全な継承は行われませんでした。そもそも、澤田健に流派として遺そうという意志がなかったと思います。

経絡(けいらく)治療の誕生

澤田流のあと登場したのが柳谷素霊です。この人物も伝説の鍼灸家で鍼灸師で名を知らない人はいません。澤田健と柳谷素霊は野球界でいうと、王、長島のONクラスです。

柳谷素霊が澤田健と大きく違うのは、出版をしたり組織をつくったことです。弟子たちが、古典医学の復古を願ってつくったのが経絡治療という方法です。昭和16年のことです。経絡は『黄帝内経霊枢』の時代からある古典的な理論です。ツボは経絡に沿ってあるというものです。江戸時代からの継承が途絶えて「鍼は痛いところに刺す」程度のものに成り下がっていたので、経絡理論に基づいて西洋医学に負けない理論をつくろうとしたのです。

経絡治療が重視したのは、手首にある橈骨動脈の拍動を診る、脈診という方法です。経絡治療では6つのエリアに分けて診る方法が採用され「六部定位脈診」と呼ばれています。

戦後の鍼灸

戦後は、鍼灸も近代化を急ぐようになりました。古典医学というより、物理療法の一つとしての位置づけが生まれました。たとえば、皮電点、良導点、圧診点などです。電気を使った機械で診断する動きが活発になります。「鍼+電気」という組み合わせは古典的鍼灸にはなかったわけですから、大きなインパクトをもたらしました。以降、電気を用いるスタイルが生まれました。電気を使う鍼と使わない鍼に優劣はありません。

中医学という黒船

中国においても、伝統医学の見直しが行われました。毛沢東の「伝統医学の復興」という号令のもとに生まれたのが中医学です。1972年から世界に向けて発信されました。

この中医学は日本の鍼灸学校で教える東洋医学の中核に位置づけられています。理路整然としているため、教育の中に組み込みやすいからです。そもそも、そうしやすいように国家事業として戦略的につくったものです。

伝統医学というと、数千年の継承があるかのように想像が膨らんでしまいますが、古典の知恵を現代に活かそうという復古運動がもたらしたもので近代史に属するものです。

経絡治療を学んだ時代

私は、学生時代に経絡治療を学んだ経験があります。クラスメイトから「よさそうな勉強会があるよ」と言われたのがきっかけです。経絡治療の勉強会グループ(確か4~5名)が結成され、毎月1回経絡治療の勉強会に行って、実習室で練習をしていました。

経絡治療の理路整然としていて感動していました。脈診にも憧れていて、授業中は自分の脈を取って変化を観察していました。脈診を極めたらカッコイイだろうなぁと空を見上げる20代でした。

経絡治療の勉強と並行して他の勉強会にも顔を出すようにしていました。その中の一つに中医学がありました。気持ちが中医学に傾き、経絡治療はやめてしまいました。脈診はスタイルが違うものになりましたが、続けていました。その後、中医学もやめてしまったので、今の私にはどちらも語る資格がありません。

鍼を操るテクニック

やめてしまったとはいえ、私の刺鍼技術の基礎は経絡治療にあります。

経絡治療を行う鍼灸師は細くて柔らかい鍼を好みます。ステンレス合金よりも、柔らかい銀の鍼もあります。私も使っていました。細くて柔らかい鍼は受け手にもソフトに伝わります。やさしい印象があります。経絡治療に参加していた鍼灸師も温和な人ばかりでした。

銀の鍼は、柔らかいので扱いが難しいです。ちょっとでも扱いが雑になると曲がってしまいます。ステンレスよりも摩擦も強いので、刺入するときには精度が要求されます。

鍼の基本操作を学ぶには銀の鍼はもってこいですが、時代の流れで銀の鍼を使う鍼灸師が減るいっぽうです。私も使っていません。

鍼メーカーも刺入しやすい鍼を開発しているので、鍼灸師の刺鍼テクニックは昔ほど必要ないのかもしれません。スルスルと刺入出来るようになっています。とはいえ、テクニックの差は確実に存在します。

道具を愛する心

最近の鍼は使い捨てが主流です。決められた滅菌処理をすれば、感染のリスクはありませんが「使い捨て以外の鍼はNG」という方ばかりです。私が使う鍼はすべて使い捨てです。

今でも職人の鍼を使っている鍼灸師がいると思うので、誤解のないように繰り返すと、使い捨てでなくても滅菌処理したものは安全です。

経絡治療の時代は、(使い捨てではない)細い鍼管を愛用していました。鍼管とは、鍼を刺すときに使う管のことです。鍼管が細いほど狙ったツボに当てやすいからです。使い捨ての鍼を使うときも細い鍼管を選びたいのですが、トレンドは太めの鍼管です。

「なんで太いのばかりなんだー!」

と怒ったところで「太い方が売れる」というメーカーの判断があるので仕方ありません。一介の鍼灸師ではメーカーも耳を傾けてくれません。

私も少しずつ影響力が持てるようになってきました。主催する勉強会グループが200人になりました。所属している鍼灸師のみんながメーカーに働きかけてくれて、私の声がメーカーに届くようになってきました。

昨年の9月から細い鍼管が発売されました。私の要望が盛り込まれたその鍼管は、経絡治療を学んでいた頃に愛用していた細鍼管がモデルとなっています。

ディスポーザブルの細鍼管

開発秘話を知りたい方はこちらの記事をお読みください。

twitterもよろしくお願いします。
https://twitter.com/kuri_suke

はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
はりきゅうルーム カポス(東京/品川駅)
整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)

コメント

タイトルとURLをコピーしました