すべての症例に無料でアクセスできる
「鍼灸の症例が検索できるツボ辞典」ということで立ち上げたデータベース、ツボネットの症例数が5000に迫っています。2018年頃から動き始めたので7年の月日が経ちました。今回は改めて、このツボネットの目的と魅力、そして今後の展開について語っています。
最初に言いたいのは、このツボネットは無料で利用できるということです。症例すべてに無料でアクセスできます。一つ一つの症例を読むことはもちろん、どんな症状にどんなツボを使ったのかを統計的に処理しています。
症状から使われているツボを読むことができますし、ツボがどのような症状に使われているのかを読むこともできます。強調したいのは、教科書的な情報ではなく、実際の現場で効果が見られたツボがデータ化されていることです。
カルテ問題
鍼灸の学会ではさまざまな症例が発表されています。「〇〇症に●●が著効を示した一症例」といった感じで個別の症例が目立ちます。「一症例だけか」と思いながらも、現実は一人の鍼灸師が同じ症状に対して数百単位の症例を集めて分析するなんて不可能です。
もちろん、一つ一つの症例は貴重なものであり、そこから学ぶことはできます。ただ、もどかしさは拭えません。普遍的な法則が効率よく蓄積されていく仕組みとは思えないからです。学会を運営されている先生方の気持ちを考えると、こういうことを安易に発言すべきではありませんが、同じことを思っている関係者は私だけではないはずです。鍼灸業界全体の課題としてポジティブに受け止めていただけたら嬉しいです。
すぐに頭に浮かぶ問題は3つです。
①鍼灸師は開業し単独で経営し施術していることが多い
②複数人の鍼灸師が所属する鍼灸院でもカルテを共有していない
③カルテを書かない
鍼灸院の症例は最大の財産となり得るというのに、蓄積をする土壌がないというのが実情です。「鍼灸を盛り上げていきたい」という声はあちこちから聞こえてきますが、それぞれの鍼灸師がしっかり集客して売上を上げていく、という個人プレーから抜け出せていないことがほとんどです。
個の力を組織で大きなものにする、というアイデアもありますが、難易度が高いように思います。なぜなら、独立開業の手段として鍼灸師という免許を選んでいる人が目立つからです。組織に属したくないから鍼灸師、という心理的事情には逆らえません。
だからこそ症例なのです。症例は個のパワーを集結させるには最適です。
データ化の壁
そもそもカルテを書かなければ症例は蓄積できません。それにはまずカルテを書くことの意味を個の中で完結させる必要があります。鍼灸業界のために書く必要はなく自分のために書けばよいのです。
カルテを書くほどに自分がラクできる前提があればよいのです。カルテを書かない理由は面倒くさいからです。書かなくても、前に行った施術のことは覚えているから問題ない、と思っているからです。
他に次のような理由もあるでしょう。
①施術がルーティーン(毎回同じ)
②感覚主体なので記録しづらい
③書く時間がない
①は、誰に対してもどんな症状に対しても同じ内容なので記録する必要はないでしょう。この記事の論点には乗っかってこないものです。
②は、「指が止まるところに行う」というタイプの鍼灸師に多いでしょう。そこを記録すればよいのですが、その位置が無数にある場合は記録がむずかしいでしょう。多鍼派(鍼を数多く使う系)は、ツボ単位(刺鍼単位)の記録が向いていません。
③に対しては、書くからこそ時短になる、という意識転換が必要でしょう。過去の施術を思い出す手間、勘違いを起こすリスクがなくなるわけです。患者さんとのやりとりに無駄がなくなります。
感覚はカルテに記しづらいので割り切る必要があるでしょう。ツボは記録に向いています。ただし、ツボでない位置に施術する場合には記載に工夫が必要になります。
新しいツボ
ツボではない位置に鍼灸をする場合はよくあります。ある意味、そこもツボです。古典に記されていない位置でも効果を感じられたら新ツボ候補として扱うべきです。そのためにも記録が重要です。
私の場合、古典にはないツボを使うことがかなり多いので、それぞれに名前を付けて記録しています。ツボネットにも私が名付けたツボを多数掲載しています。新しいツボの提唱に対して「伝統を破壊するな」という声が聞こえてくるときもあります。でも、私に伝統を壊す力はありません。いくら新しいツボを提案しても、効果があれば残るし、そうでなければ残らないだけです。私の行いが伝統の破壊なのか、伝統の創出なのか、いつか歴史が結論を出してくれると思っています。
何にせよ、新しいツボを提案すれば、賛否両論が生じます。伝統が経験の蓄積というのなら、経験が蓄積されているところから伝統の発祥点になるはずです。
電子カルテと統計分析
カルテに話を戻しましょう。これからは電子カルテの時代です。ここでは電子カルテを2つの意味で使います。デジタルデータとして記録すること。もう一つは、共有可能なプラットホームを構築することです。
今、うちではiPadのノートアプリをカルテに利用しているのですが、紙に書く以上の利便性です。Appleペンシルで手書きしています。デジタルデバイスならではのメリットとして、写真や画像を取り込めることがあります。患者さんの患部の写真をカルテに取り込んで、その写真に状態を書き加えたりと。施術前後の写真を並べて、そのまま患者さんに見せることもできます。こうしたことは紙のカルテではできません。
電子カルテの真のメリットは共有です。データはクラウドにあるので、異なるタブレットからもカルテにアクセスできます。群馬にいながら東京の院のカルテを見ることもできます。とはいえ、これは手書きデータにどこからでもアクセスできる、というだけであって、数量化されたものを共有しているわけではありません。
たとえば、使ったツボが電子カルテを通じてデータベースに格納されていれば、統計処理がすぐにできます。たとえば、どんなツボがどんな症状に使われているのか、ということを簡単に導けます。過去データから、どんなツボを選んだらよいのかわかるようになります。
そして、蓄積されたデータが他者のデータと結びつくようになると、さらに価値は高まります。他者のカルテと結びつけるには倫理的な課題を乗り越えていかなければいけないので、単純な話ですまないのですが、個の壁を乗り越えるきっかけになります。
整動鍼とツボネット
整動鍼とツボネットは同時に歩んできました。整動協会に所属している鍼灸師、つまり整動鍼を共有している鍼灸師しかツボネットに症例を投稿できません。こうした事情からローカルなものとして扱われることがあるのですが、設計思想はユニバーサルです。
いくつもの鍼灸院が情報を共有していくには、どういう理論体系が必要なのか、どうしたらツボの記録を定量化できるのか、を考えて生まれたのが整動鍼であり、実証しているシステムがツボネットです。
整動鍼は流派ではありません。プラットホームです。多くの鍼灸理論が陰陽五行や経絡学説を基軸に展開していますが、整動鍼はどちらでもありません。ツボがもたらす変化を観察し、そこから段階的に法則性を導いてきました。
整動鍼は誰にでも通じる理論に仕上げたら、誰とでも共有できるようになるという私の理想像が出発点になっています。
ツボネットは整動鍼だけですが、整動鍼に限定したからこそ成立しています。「どんな流派でも登録できるようにしたほうがよい」という意見があるのは承知しています。ですが、実際に情報を共有していこうとなると、煩雑すぎて実現の目処が立ちません。私にできる精一杯としてツボネットを運営しています。
ツボネットに数億円
症例数は5,000に迫っていると言っても驚く人はあまりいません。ネットを見れば「延べ◯万人の実績」なんてキャッチコピーが溢れているからだと思います。症例は個人の感覚の中に蓄積していくものと違い、共有可能、分析可能なものです。
では、症例5000を公開するにはどれくらいのコストがかかるのか計算してみましょう。仮に一つの症例が生まれるのに、患者さんが5回通院したとします。単価を5,000円とすれば、5×5,000=25,000円。一つの症例が生まれるのに必要な“患者さんが負担している”コストです。
5,000症例となれば、5,000×25,000円=125,000,0000円。1億2千5百万円です。この他、症例を投稿するのにかかる鍼灸師の手間が加算されます。これに、症例を書く鍼灸師の手間が加わります。もちろん、ツボネットの開発費と管理費も加算したら数字はグンと上がります。
この計算は、ここに至るまでのコストであり、数億円で売れる価値があるとイコールではありません。知っていただきたいのは、症例を集めるには時間もお金も必要になることです。あと、それを支えきる覚悟です。
ここ1年を振り返ると、ツボネットには月間30万ページの閲覧数があります。国内だけでなく海外からのアクセスもあります。
ツボネットの英語バージョン
ということで、ツボネットの英語版をリリースします。どれくらいアクセスが増えるのか想像ができません。今日もエンジニアにがんばってもらっています。待ち遠しいです。英語版の完成を皮切りに、月間100万の閲覧数を達成したいと思います。
最近、面白い現象が起きていまして、それは海外からの患者さんの来院きっかけです。Chat GPTなどのAIが紹介してくれたというのです。検索エンジンではなく、AIに相談して鍼灸院を選ぶ時代がやってきています。こうなってくると、AIがどんな情報を重視するのか想像せざるを得えません。
外国人に対しては、症例を整理して英語で発信している鍼灸院が圧倒的有利になるのではないかと考えています(求人も視野に入れています)。国内のことを考えても、症例の重みは増していくでしょう。さあ、どうなるんでしょうね。
・はりきゅう養気院(群馬県/伊勢崎市)
・はりきゅうルーム カポス(東京/品川)
・整動協会(鍼灸師のための臨床研究会)









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