鍼灸は極めると宗教になる!?

「東洋医学は極めると宗教になりますよね。」

先日、医療関係者からこんな言葉を聞きました。この発言にとてもビックリしてしまいました。その時の話を書こうと思います。

私は同意を求められたわけですが、「私はそうではないと思います。」ときっぱり否定しました。相手の方は気分を害されてしまいましたが、仕方のないことだと割り切って過ごしてきました。でもやっぱり気になるので、ここで書いてストレス発散です(笑)

東洋医学は、その理論がほとんど知られていないのでよく誤解を受けるようです。念のために書いておきますと、東洋医学は宗教と全く関係ありません!!!
どこまで追求しても宗教的になることはありませんからね(宗教にそれる人はいるかもしれません)。

医学の基本は知識です。それは東洋も西洋も関係なく、知識が一番大切です。知識なくして行われる行為は医学と認めたくありません。

東洋医学、特に鍼灸師が実践する東洋医学は、技術がとても大切です。「鍼やお灸が上手にできてこそ」の世界だからです。どんなに知識が豊富であっても、鍼やお灸が下手では患者さんの心を捉えることが難しいと思います。

鍼やお灸を器用に裁くだけでは上手いことになりません。患者さんをリラックスさせて、鍼やお灸がよく効く状態に導けることが大切だからです。腕のよい先生になると、瞬時にそれができてしまいます。心をつかむのがウマイからです。

心を上手につかむと鍼灸がとてもよく効きます。心のつかみ方次第で、何倍、何十倍も効果に差が出てしまうこともあるでしょうね。時に、その「心をつかむ技術」だけを強調すれば大きな誤解に発展することもあるでしょう。冒頭の先生のように宗教と混同する方が現れてしまいます。

手段と目的で分けるなら、鍼灸において「心をつかむ」のは手段の一つです。
宗教においては「心をつかむ」ことは目的なのかもしれませんが…

ここで、ちょっと視点を変えてみますね。

例えば、スポーツ選手が時に魅せる神業のようなものが鍼灸にも存在します。(私にはできませんが…)

スポーツにも理論が大切で、感覚だけでプレーする一流選手は存在しないと思うのです。鍼灸も全く同じです。理論をしっかり勉強し、基礎練習をこなし、経験を重ねて、よい施術ができるようになります。

でも、最終的には感性の差がプレーの差になるのも事実ですよね。ビジネスマンも、、職人も、芸術家も、作家も、感性の差が仕事の差になります。感性は理論では説明できません。神のみぞ知る世界と言ったらよいのでしょうか。

鍼灸師も感性で差が付きます…神のみぞ知る世界で。それを宗教というのは間違いだと思いませんか?皆さんの率直な意見が聞きたいです。反論も待っています。

ranking←クリ助のツボ。感性を磨くツボになるかもしれません…(無責任)。

コメント

  1. なちゅら より:

    うぬぬ~、鍼灸を宗教になぞらえて欲しくないですね。
    “神業?”なんて感じの鍼灸の効きも、もちろんあるんでしょうけど、
    あくまでもその方の治癒する力を応援する方法をとっただけであり、
    それにはきちんとした理論があり。
    相手を語るときはその相手をよく知ってから
    語ってほしいなぁと思いますねぇ・・・。
    でも、西洋医学でなにをやっても
    症状の改善・治癒をみれないとき
    鍼灸治療で症状が改善した感じをつかむと、
    突然、カリスマ?神の手?のように
    患者さんがたよってくる感じが伝わる時ってありますよね。
    一種、崇められてる?って感じで。
    そんな時、昭和天皇のような気分になりますよ。
    ”人間だってば。普通のひとだってばー。”って^^

  2. りん より:

    はじめまして。
    いつも楽しく読ませてもらってます。
    鍼灸治療を受けて1年と短いのですが、鍼灸はすごいなと今では鍼灸治療は当たり前の選択肢の一つです
    私の先生も良い人で、すっかり心をつかまれてます。(笑)
    今日の日記を読んで、そっかそういう技があるのかとほのかな恋心もあっけなくしぼんでしまいました。
    鍼灸の先生のおかげで健康についてきちんと
    考えることができるようになったので、ま、いいか
    これからも読ませていただきますね。

  3. クリ助 より:

    >なちゅらさん
    >でも、西洋医学でなにをやっても
    >症状の改善・治癒をみれないとき
    鍼灸院にはこういう患者さんが訪れることが多いですよね。結果的に鍼灸で劇的に回復する時があります。「鍼灸がすごい!」とも言えるのですが、西洋医学とは違う角度から診たから治ったとも言えるわけです。
    その伝統的な方法は機械を使わずに行うので、崇められる場合も…。でも、鍼灸の名人も普通の人ですからね(笑)誰もが持ちうる感覚を研ぎ澄ませて診察に用いるのが鍼灸師だと思っています。繰り返しになりますが、そういう独自の感覚は鍼灸師に限らずどんな職業の人でも研ぎ澄ませている類のものです。なちゅらさんの書かれた「普通のひとだってばー。」ってそういう意味だと解釈しました。

  4. クリ助 より:

    >りんさん
    >そっかそういう技があるのか…
    すみません。私の書き方が悪く誤解を与えてしまったようです。心を捉えるのは「技」だけではなくて、その鍼灸師の人間性が一番大きな要素だと思います。患者さんへの想いを、表現するのが「技」という意味です。相手の心を思いやった言葉であるとか、励ましであるとか…。
    不器用だったら伝わりません。
    例外)「不器用ですから…」by Ken Takakura
    鍼灸師は患者さんとの距離がとても近いので、やっぱり心の中に「おかしなもの」があれば見抜かれてしまうと思いますし、りんさんの先生は素晴らしい人柄なのだと思いますよ。
    私の書いた内容では、鍼灸師は「計算高い」職業のように思われてしまいますね。反省です。

  5. りん より:

    クリ助先生のおっしゃりたい事はとてもよくわかります。この日記を読んでたらわかりますが、私の先生と同じように鍼灸に愛情をもっていらっしゃることがよくわかりますよ。ちっとも計算高いなんて
    思いません。
    私の先生はとても素敵な人です。患者としか見てくれてないのが残念です。だからクリ助先生の文章に反応してしまいました。こちらも反省です
    おあいこですね。(笑)

  6. クリ助 より:

    >りんさん
    誤解がなくてよかったです。(^。^;)
    先生に対する恋心、大切にしてくださいね。クリ助は恋の話には弱いので、これ以上のコメントはできませんが。。。今回はりんさんのコメントにドキドキしてしまいました。
    また遊びに来てください。コメントも気軽に書いてくださいね。

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