鍼灸師という仕事、苦悩の日々でもあります。
この苦悩がやりがいのある仕事に仕立てています。
医学は限界があります。東洋医学や鍼灸にも限界があります。
でも、患者さんが治らない時、東洋医学や鍼灸の限界ではなく、クリ助の技術の限界がほとんどです。
“鍼灸の限界”を見たいが為に、この仕事を選んだのかもしれません。技術を極めたとき、限界が視界に入るのかもしれません。東洋医学の歴史は二千年以上。極めるなんて言葉を使うことは許されないかもしれません。
初めて私の鍼灸院で鍼灸を受ける患者さんも多く、その患者さんにとっては、私の技術が鍼灸の限界として写る可能性もあります。「鍼灸なんて効かない」なんて思われてしまうことが怖いのです。患者さんから「鍼灸で治る」という希望を奪ってしまうことになりますから。「この鍼灸院はたまたま技術がなかった」と思われる方が気持ち的はラクです。他の鍼灸院で治るという希望が患者さんの中に残っているからです。もちろん、技術不足は大切な時間もお金も奪うことになります。私も自信をなくしますし、良いことはありません。
希望の扉を開く方法を模索する
・・・鍼灸師である限り、続けて行かなくてはなりません。そこに苦悩もあります。でも、この記事はそれを愚痴るために書いているのではありません。その反対で、その苦悩にやりがいを感じることを伝えようと思っています。苦悩の先には、たくさんの喜びが待っています。
苦悩は楽める。
ところで、クイズ番組って楽しいですよね。
わかる問題ばかりが出たらつまらないので、番組もそのさじ加減を心得ています。
鍼灸師は、いつも患者さんから「この症状はどうやったら治るでしょう?」と出題されているようなものです。そして、その答えは必ず患者さんの中に隠れています。そのために、問診したり触診したりして答えを探します。
誤解を恐れずに書きますとこれはゲームです。ゲーム感覚に浸れることによって、苦悩が楽しみに変わります。また、そうできることが、自分自身の才能だと思っています。答えは必ず患者さんがもっています。それを探し出せたら勝ち、できなければ負けです。この勝負、負けるわけにはいきません。生活がかかっていますから。
医学は答えを論理的に絞り込むための道具です。
医学の中に答えはありません。
聞き込み、観察、心理、推理…、ホームズのようです。
「違うだろ!」ってツッコミはお受けします。
見た目はコロンボに近い。


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