このクラスの中に犯人がいます。

先日、テレビで放送された『それでもボクはやってない』を観ました。
この映画を観て、記憶の片隅に追いやっていた出来事を思い出しました。

それでもボクはやってない スタンダード・エディション
加瀬亮;瀬戸朝香;山本耕史;もたいまさこ;役所広司 周防正行
B000QJLROI

クリ助も、過去に罪を問われたことがあります。もちろん無実です。幸い、真犯人が見つかり私の無実は証明されました。

その事件のことをハッキリ覚えているのは、私だけのような気がします。
小学校のあるクラスの中だけで起こった小さな事件でした。

25年くらい前の話になります(あえて時期はあいまいにします)。

ある月曜日の帰りの会(授業後のホームルーム)、担任教師が言ったのです。

「このクラスの中に犯人がいます。」

線路に石を置くイタズラが前日の日曜日にあったことをクラスに報告したのです。目撃者は同じ小学校の上級生。

目撃証言は「このクラスの背の低い男子がやっていた。」というもの。

真っ先に疑われたのは私です。
背が低いだけで。

当時のクリ助は2つ下の妹の弟に間違われるほど背が低く、小柄は際立っていました(今も小柄ではありますが…)。

担任は、私に目星をつけた上で、クラスの一人一人に「昨日何をやっていたか話しなさい」と尋問しました。右前の男子児童から順々に、昨日の出来事を語り始めました。私の席は左から2列目の一番前。

ついに、私の順番がやってきました。

犯人候補である私が、この場で冷静に昨日の出来事を話せるわけがありません。無実であると分かっていても、疑われていることに気がついているのですから動揺しました。

不幸にも、その動揺は担任教師に伝わってしまったようです。

実は、私の動揺には別の理由もありました。
それは、前日の行動をどのように伝えればよいか分からなかったからです。

私の順番は後の方だっため、それまでの男子児童がアリバイを語っている様子を耳にしていたわけです。「お父さんと遊びに行っていました」や「お母さんのお手伝いをしていました」などと、(小学生ですから)具体的はないにしても、アリバイを証明する人物が話の中に出てくるのです。日曜日、多くの児童が家族と過ごしていました。

私の家は農家なので、日曜日も父と母は働いていました(雨天時が休日)。その日の父母が畑で仕事をしていたのか、家で出荷の準備をしたのか覚えていませんが、遊んでもらってはいませんでした。朝昼晩の食事を一緒にしただけでした。

アリバイを証明してくれる家族がいないことに気がついた私の心臓は鼓動を速めるばかりでした。

ただ、午前は近所の上級生と一緒にいました。上級生がラジコンを走らせているのに同行して見ていたのです(私は持っていなかったで見物というわけ)。

その出来事のみを告げることで精一杯でした。

犯人だと疑われて動揺している上に小学生。何を答えれば担任が納得するのか想像することができませんでした。言葉につまるのは自然だと思うのです。

その「つまり」が担任に確信を与えてしまったのです。
その時に見た担任の表情は今でも思い出せます。「犯人を見つけた」という達成感が表情を一瞬変えたのです。笑みでもなければ、安堵感でもない、子供には理解できない大人の表情でした。

線路の石置きがいかに危険な行為なのか…

担任は強い口調で説明を始めました。静まりかえった教室の中で、一人座ることを許されない私。

その時、私には「石を置く」イタズラの意味がよく分かっていませんでした。何が目的でやるのか…。私の住んでた地区は学校をまたいで反対側。小さな小学生が一人で行くような距離ではありません。線路で遊ぶという発想がないばかりか、どこかに行くときはクルマに乗せられてしまうため、電車に乗る機会は滅多にありませんでした。

地域の事情を考えれば、私が犯行を犯すのは不自然な行為であることはすぐにわかります。家庭訪問が済んでいたその頃、担任が私の地域が線路とは真反対であることは知っていたはずです。忘れていたのか、思いこみが忘れさせたのかわかりませんが、不自然さに気がつかない担任の口調は強くなる一方です。

担任は私が認め、謝罪するのを待っていたのでしょう。
やっていない私は、いつまでも無言のまま。帰りの会は1時間を超え、上級生たちは授業を終え、校庭で遊び始めました。

校庭に目を向けた担任が、一つの提案をしました。

「今から見たという子を連れてくるので、確認してもらいます。」

担任にとって、私を白状させるための決定的な一撃にするつもりだったのでしょう。事実はその逆で、その展開に私は救われることになったのです。

しばらくすると、目撃者2人が校庭の方から教室にやってきました。
窓越しに担任は確かめました。

「昨日、線路に石をおいていたのはこの子だね?」

事情を知らない目撃者は、淡々と「違う」と答えました。

「じゃあ、だれ?」

目撃者はクラスの奥の方に座っていた一人の男子を指差しました。

「え、本当に?」

慎重に確認をする担任。

「その子だよ」

指差された男子は、私と同様背が低く家は線路のすぐ近くでした。
真犯人はあっさり認めました。信じられない表情を崩さない担任。まるで、私が犯人でなければ困るという態度。

なんという偶然か、その目撃者は私が前日の午前中に遊んでもらっていた上級生だったのです。彼らの証言によって、私の午前中の行動もついでに話してくれました。「ラジコンを見ていた話」を作り話と決めつけていた担任は、顏色を変えていました。

担任は、真犯人に「もうやらないでね。」と告げました。全力の説教を終えた後だったため、真犯人への説教はその一言でした。

延長に延長を重ねた帰りの会は終わりました。

翌日から、また普通の毎日に戻りました。事件のことは親に話すこともなく、20年以上も心の中にしまっておきました。もし、その時のことを親に話していたら、一つの教室では収まらなかったかもしれません(自分の子が同じ目にあったら黙っていませんから)。そんな影響を心配して口を閉ざしたのではありません。言えないくらいショックだったのです。

 … … ◇ … … ◇ … …

すべては担任の思いこみから始まりました。
目撃者の確認をとらない、話を聞かない、、現場状況(住んでいる地区)も考慮しない、など問題だったと思う点はたくさんあります。

もし、目撃者が一緒に遊んだ上級生ではなく、「この子だったかも…」とあいまいな証言をしていたらどうなっていたのか…あまり考えたくありません。

学校の中だけで起こった小さな事件。
もう、あの頃の事を覚えている人はいないでしょう。

覚えているのは私だけかもしれません…恨んでいるわけではないのです。担任のことも真犯人のことも許しています。むしろ、子供の頃に経験ができてよかったと思っています。大人だったら「記憶の奥にしまい込む」だけでは済まないわけですから。

『それでもボクはやってない』、とにかく傑作でした。

昭和38年の飯塚事件を描いた『不撓不屈』も傑作です。
「弱い人間でなければ、弱い人間の気持ちはわらないでしょう。」
映画の中で語られた、この言葉が心に残っています。

不撓不屈
滝田栄 松坂慶子 夏八木勲
B000KP7L70

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コメント

  1. かーぽん より:

    辛い経験をされたのですね。
    濡れ衣を着せられた子どもは心に深い悲しみを負ってしまいます。
    クリ助さんとは比ぶべくもないささやかな濡れ衣を着せられ
    「ごめんなさい」と謝らなければならなかった8歳のときのことを
    わたしも今でも忘れられずにいます。
    なぜ「ちがいます」と言えなかったのか。
    自分のふがいなさと、根拠もなく決め付けてきた人たちの先入観とを
    悲しく思い出します。
    冤罪を認めないだけの強さがあった子どものクリ助さんを褒めてあげたいです。
    そして、先入観で人を判断してはいないかと、いまの自分を戒めたいです。

  2. クリ助 より:

    >かーぽんさん
    コメントありがとうございます。
    かーぽんさんも悲しいご経験をされていたのですね・・・。
    先入観というものは、人を傷つけてしまうことがありますね。私も先入観をもたないように気をつけたいと思います。
    患者さんを観るときも先入観で大事な事実を見逃すことがないように気をつけたいと思います。

  3. なあ より:

    「犯人」だなんて、いやな言い方をする教師ですね。
    いたずらをした子も、怖くて自分で言い出せなかったのでしょうね。
    ちいさいクリ助さん、たいへんでしたね。
    クリ助さんのお話を読んで、私も、カンニングを疑われたときのことを思い出しました。
    みんなの前でつるし上げにされたわけではないけれど、疑われたこと自体が屈辱的でした。
    教師って、人を疑うことを教える仕事なのだろうか。
    人を信じることを教える仕事ではないのだろうか。
    そんなことを考えてしまいます。

  4. クリ助 より:

    >なあさん
    なあさんはカンニングで疑われたのですか!?
    屈辱ですね。
    なあさんのコメントで思い出したことがあります。中学校の時、成績のよい女の子にカンニング疑惑が浮かび上がりました。疑ったのは教師ではなく、クラスメイトです。そんな噂が私の耳にも入り「そうなのかな~」とちょっぴり疑ってしまったことを反省しなければなりません。
    よく考えれば、その女の子はカンニングをしていたはずがないのです。カンニング(のぞき見)では上位の成績を取れませんし、県内で名の知れた進学校に合格しました。カンニング疑惑は、誰かの嫉妬心から湧き出たものだったようです。

  5. なつみかん より:

    ひどい話ですね。
    生徒の言うことを信じない教師。最悪です。
    でも、真犯人が見つかって、ほんと良かったです。
    疑いがかけられるのは、つらいという気持ちと、
    どう対応してよいのか困惑してドキドキしてしまう気持ちで
    頭が混乱します。
    この映画、私も観ました。
    なんでこうなるの!?って結末で、悲しいけど、これが現実なんでしょうね。

  6. クリ助 より:

    >なつみかんさん
    「それでもボクはやってない」ご覧になったんですね。演出もリアルでこんなにスゴイ映画が作れるものなんだと感動しました。主人公の大家さん(竹中直人)が、家宅捜索するのを見て「あやしいと思っていた」と軽々しく発言するあたりなど、傍観者の心理がよく表れていたと思いましたね。
    世の中、理不尽なこと多いですよね。
    あの映画を観てから、(痴漢に限らず)疑われないように生活しなければと思ったわけですが、具体的にやろうとするとキリがないですし、周りの人を全員疑わなければならない…みたいになって、わからなくなりました(笑)

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