上達の階段

■国家試験に合格した日

鍼灸師の国家試験が終わった日のことは今でも思い出せます。
試験の最終日、同級生が集まりすぐに答え合わせが始まりました。

合格が確実になった瞬間から不安に襲われました。合格に喜ぶ余裕は全くありませんでした。鍼灸ができる就職しか探していなかったために、どこにも就職が決まっていませんでした。これが一つ目の不安。

その裏側に、もっと大きな不安がありました。
「何を頼りに成長していったらよいのか…」というものでした。

学生の頃は、わからないことは学校の先生に聞けば答えを得られます。また、何を吸収すれば評価されるのかも明確です。

誰もが気がついているはずです。
学校で評価されること、社会で評価されることは違うことに。

鍼灸師も例外ではありません。
学校の成績と鍼灸師の腕は別です。

学校で習うことが意味がない、という意味ではありません。学校で学んだことはベースになっています。私が強調したいのは、活躍されている鍼灸師は学校の知識や技術で差をつけているように見えない、ということです。

■技術を3つに分ける

鍼灸師が持つべき技術を3つに分けて見ました。

 1.“地位”をもたらす技術
 2.“信頼”をもたらす技術
 3.“転化”をもたらす技術

学校で得られるのは1のみです。
鍼灸師にふさわしいものを身につけます。

2と3は学校で得られるものではありません。
患者さんが体を安心してあずけられるようにするのが“信頼をもたらす技術”、そして、患者さんを快方に向かわせるのが“転化をもたらす技術”です。

国家試験の合格に喜べなかったのは、その時なんとなく感じていた2と3に対する不安です。今だから整理できる1~3ですが、その当時は実体が見えませんでした。不安にかられながらも、平気でいられたのは「自分より鍼灸を好きな人はそうそういるわけない。何とかなるさっ!」と思いこむ、「好きこそ物の上手なれ」信仰だったのです。

独立直後、仕事がないときに、さんざん耳に入ってきたのは「マッサージすればいいのに…」という言葉です。「はり師」、「きゅう師」の他に「あん摩マッサージ指圧師」の資格を得ていた私にはマッサージを職にすることもできたからです。実際、「鍼灸は怖いけどマッサージならいいよ」という声がほとんどでした。

共通点は確かにたくさんありますが、マッサージの延長上に鍼灸があるわけではありません。同じ球技だからと、サッカー選手がハンドボールも上手いとは限りません。鍼灸には鍼灸の技術が必要です。

■ニーズへの対応力

今だからよくわかることがあります。

鍼も灸も扱うのがかなり難しい道具です。資格(はり師、きゅう師)が保証しているのは「鍼やお灸を安全に使うこと」までです。使いこなすには、一定以上の技術が必要です。

最初は初学者なりの技術でやっていけばよいのですが、それも許されません。鍼灸を必要とする患者さんは比較的高い効果(前後のはっきりした違い)を期待されているからです。道具を使うのですから素手以上の結果を求めるのは当然です。ましてや、それが痛そうな鍼や熱そうな灸ならば(実際は痛くなく熱くないです)。

「痛さや熱さを我慢してでも治したい」という覚悟をもって訪れる患者さんは少なくありません(実際は痛さや熱さに我慢することはありません)。

この高い要求にどう応えられるか…

鍼灸をする鍼灸師と鍼灸をしない鍼灸師の分かれ道がここにあると思うのです。
しかし、この重要なポイントは学校で教えてもらえません。

成功している鍼灸師の話に耳を傾けると、やはり秘密があります。
ライバルには教えたくない秘密の一つや二つはあるでしょう。

そういったスキルは、鍼灸以外のフィールドで得ていることが多く、聞いたところで真似できない、というオチが待っています。

■常に発展途上

鍼灸師になったばかりの自分の技術を振り返ると、下手の一言です。今の技術も来年には「下手だったなぁ」と振り返ることが目標です。

鍼灸の技術なんてものは常に発展途上。
臨床の現場では、常に限界を感じます。

ここで3つの技術を再度考えてみます。

 1.“地位”をもたらす技術
 2.“信頼”をもたらす技術
 3.“転化”をもたらす技術

「地位」は学校で得られるものなので問題ありませんが、「信頼」と「転化」がレベルアップのポイントになると考えています。信頼と転化は東洋医学の言葉で表現するなら陰陽(いんよう)の関係です。共存し影響を与え合いながら回転して成長します。

■上達の階段

技術は飛躍的に向上することはありません。いきなり高いところに到達するのは無理です。高いところに昇ろうとするとき、階段かハシゴを用意します。

勉強会に参加して一流の鍼灸師の技を観ても、その技は身につきません(身についた気にはなれますが…)。鍼灸の技も地味な練習の積み重ねで獲得できるものです。

鍼灸の世界には研修制度が整備されておらず、自分で上達の階段を用意しなければなりません。鍼灸に対する熱意だけでは鍼灸ができないのが現実です。

この上達の階段は、私の研究テーマの一つです。
「信頼(2)と転化(3)をもたらす技術」を育てる第4の技術と定義したいと思います。

一般的には食べていくには「技術力」と「経営力」が必要なんて言われることが多いのですが、私は違和感を感じます。技術者と経営者を兼任することが自分の感覚に合いません。

鍼灸をしたくて鍼灸師になったからです。
職人として生きるつもりでこの世界に入ったからです。

私としては、経営を技術に巻き込んでしまった方が心が落ち着きます。「あ~、職人として生きているなぁ」と。どうしても「鍼灸師であり経営者である」という感覚にはなじめません。独立直後は「経営者でもならなければならない」という観念にとらわれてずいぶんと苦しみました。

2年半前も経営について書いたことがありました。
鍼灸院を経営する理由1~10

この当時は、「鍼灸ができる場をつくるために経営をしている」という結論でした。「仕方ない的」な言い方ですね。(つづき)

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