■ダメ出しされた問診

(写真はイメージです)
ある患者さんのことを思い出します。
あの日から何年も経ちます。
触診しながら問診をしている時のことでした。
ある患者さんがこう言いました。
「上手い先生は何も聞かなくてもわかるものだよね。」
問診が否定された瞬間でした。
不意打ちをくらった私は「問診をするのは…」と必要性を説明しました。
しかし、真剣に耳を傾けてくれることはありませんでした。
その患者さんが帰ったあと、なぜあんなふうに言われたのだろう、と考えたのです。これを機に問診の位置づけを再確認することができました。
その後、このように問診を拒む患者さんはやってきません。同じことが何度もあるとへこむので、対策をとったからです。その方法は一番最後に。
■名人は不問診!?
問診を重視する私は、患者さんの症状について詳しく訊くようにしています。まず問診、そして触診中も気になるところがあれば尋ねます。
問診=症状の確認
そうやって症状の本質(原因)を探し、解決策を導いています。触診だけで、いろいろ見抜いてしまう鍼灸師もいます。「不問診治療」なんて言葉もあるくらいです。何も聞かずにすべてがわかればそれは一番スゴイことです。
ただ、そこまでのレベルにたどり着くまでは、たくさんの質問を重ねて触診と患者さんの回答を照らし合わせなければなりません。
そもそも、名人は本当に聞かないで何でもわかるのでしょうか・・・
訊かずにわかることが名人なのでしょうか・・・
■歴史

辛い症状で悩む患者さん、特にどこに行っても治らないと苦しんでいる患者さんの症状は複雑です。
全身には歴史が刻み込まれています。過去に負った怪我、わずらった病気の歴史はツボの反応として残ることが多いのです。
その中から、患者さんが“今”つらい症状と関わりの深い反応を探す必要があります。効率よく間違いなく探すためにはピント合わせが必要です。
数ある反応の中から、今必要な反応にフォーカスするのです。
フォーカスは問診で行います。
問診=歴史にフォーカスする
時系列に整理しないで体を診ることは、ちょんまげ頭でスーツを着ているのを奇妙だと思わないのと同じでしょうね。
■環境

極論ですが、患者さんが鍼灸院にやってきて、施術しなくてもラクになってしまえば、患者さんの目的は達成されます。
本当にある話ですが、患者さんの症状が環境から来ている場合、その環境を変えるための助言だけで劇的に改善してしまうことがあります。そういうことは、いくら触診してもわかりません。問診でしか知り得ないものです。
問診=環境を知る
生活上、ラクになる場面、辛くなる場面を知ることはツボ選びのポイントでもあります。たとえば、ストレスの胃痛と食べ過ぎで胃痛ではツボが違います。
■テスト
鍼や灸をするたびに、「どうですか?」と患者さんに尋ねます。
症状の変化はその都度確認します。的中すればすぐに変わるものです。
患者さんも鍼灸師も、起こっている変化を確認していきます。
臨床はテストの繰り返しです。テストがなければ、鍼灸師の思いこみに基づかなければなりません。一方的になりますし、経験が豊富だとしてもその経験の範囲内までしか想像できません。
問診=共通認識の形成
二人三脚です。どんなに優秀な鍼灸師も患者さんの協力を得られなければ、よい仕事はできません。協力を得られるように工夫するのも鍼灸師の腕の一つです。
■目的
さて、ここで再確認。
患者さんとは?
「施術を受ける人」でしょうか・・・
施術を受けるだけの人はお客さんです。
患者さんは深刻な悩みを抱え、はっきりとした目的をもっています。
患者さんは「治りたい人、ラクになりたい人」です。
患者さんの目的を確認した瞬間から、鍼灸師には使命が生まれます。
問診=鍼灸師の目的意識を形成
鍼灸師が目的を持ち、それを受け取ることが患者さんの目的となります。
患者さんには「受け身」を調えて頂く必要があります。
■コリ当て名人
最初の話に戻ります。
問診を拒んだ患者さんは、
あの時の患者さん、目的は「施術を受けること」にあったのでしょう。連れて行かれたレストランのテーブルで「本日のおすすめ」を待っていたのだと思います。思い返しても、深刻に悩んでいる様子はありませんでしたから。
あとで気がついたのです。あの患者さんが「上手い先生は聞かなくてもわかる」と言っていた意味に。
おそらく「ここ凝っていますね」というコリ当てのことだったのです。「コリをほぐしてほしい」と目的が限局されたものならば、あれこれと質問をするのは、まわりくどいはずです。
「コリの部分にだけ施術してほしい」という単純な要望であることに気がつかなかったのは「そういう方は来ない」という思い込みがあったからです。
鍼灸院には様々な目的をもった方が来院されます。先入観は邪魔になります。白紙の状態で問診に臨むよう心がけています。
■不問診の真実
不問診は技術です。信頼を得るテクニックです。
顔色を見ただけで病名がわかれば、スゴイと思いますよね。「この鍼灸師なら治せる」と思ってしまいますよね。実は、私が鍼灸師になるきっかけとなったのがコレです。高校生の時、ある鍼灸師は私の膝にポンと手を触れました。それだけで悪い方を当ててしまったのです。
それですべてを見抜いたかといえば、そうではありません。そのあとで詳しく症状を聞かれました。決して、不問診のまま施術を始めたわけではないのです。
最終的にはいろいろ訊かれたはずですが、悪い方を「当ててもらった」という印象が強く残ったのです。ここがポイント。
名人といえども、聞かずに何でもわかるはずがありません。会った印象、触れた印象からわかることをネタに信頼を得るパターンは多いです。雑談のようであって、その正体は「意図的な問診」であることは少なくありません。
信頼を得る → 質問する
信頼を得る方法は何でもよいと思います。でもこの順番だけは揺るぎません。信頼できない人に、体の辛さなんて話せませんから。
■問診の可能性
問診には可能性があります。患者さんが治るから治らないか、分かれ道になることだってあります。患者さんが発した一言が施術のヒントになります。
患者さんは、症状に関係あると思うことは話してくれます。でも「関係ない」と患者さんが判断したものは話してくれません。もしくは、遠慮して(色々言ったら悪いからと)隠すこともあります。
たとえば、頚が痛いという患者さん、足首に痛みがあっても話してくれないかもしれません。でも、関連性が潜んでいることは少なくありません。
これほど重要な問診ですが、鍼灸学校では問診技術は習えませんでした。カリキュラムにはあったのですが、紹介程度でしたから…。
鍼灸師になるためには3年間の専門課程を経て国家資格に合格しなければなりません。この3年間の知識と技術を活かすには問診力だと思います。
開業してから気がついた問診の重要性。
学生時代に気がついていれば、もっとラクだったかもしれません。
問診は丁寧に訊くだけではダメなのです。
■近頃、問診を拒む患者さんが来ない理由
理由1

問診を重要視するスタイルであることを前もって告げているから。
詳しく聞いて欲しい、という方だけやってきます。
理由2
予約時に断っているから。
患者さんの目的を見極める質問を用意しています。
理由3
雰囲気づくりを頑張っているから。
「聞く耳」をつくっておく努力です。話したくなってしまえば、こちらのものです(笑)
理由4
聞かないから。
「話したくないなら聞かないぞ」という割り切った態度をこちらも取ります。「もう来なくてもいいですよ」というメッセージでもあります。どうしても協力を得られない場合、縁がなかったということで…。もちろん最終手段です。


コメント
今日丁度学校で医療面接のビデオを見たところでした。東洋医学概論の問診論の教材として。学校では本当に問診とか切診とか、さらーっと流していく感じで、「学校だけの勉強では絶対無理」と痛感しています。貴重なお話ありがとうございます。
>RIKIさん
この話題、旬だったようですね!私は開業してから重要性に気がつきました。ぜひ、今から医療面接に力を入れてみてくださいね。
はじめまして、いつもブログを読ませていただいています。
私は患者の側ですが、問診してくれないお医者さん(治療家さん)は、やはり信頼することができません。
最近、特に多いのがパソコン(電子カルテ)ばかり見て、患者の顔色さえ見ないお医者さんです。症状を説明しても、うなずきながら入力するだけで、聴診もほとんどしなかったり。最後にポンとキーを押して「じゃあ○○のお薬出しますから」と言われても、「それは先生の診断ですか?それともパソコンの解答ですか?」と思ってしまいます。
細かい症状や、痛みまではいかないまでも気になるところがある、という話を引き出してくれる先生には、信頼を感じますね。なんといっても直接カラダに触れて診ていただくんですから。
あんまりおしゃべりな患者も嫌われそうですけどね(笑)
>ぴよよさん
はじめまして!
誰でも「気にはなるが生活上支障ないし…、でも、取れたらスッキリしそう。でも、やっぱり相談するほどでもないいような…」みたいなレベルの症状ってありますよね。
鍼灸師の立場からすると、そういうマイナー症状を相談された時、「あ、信頼されているな」って思いますね。
また、読みに来てくださいね。
「上手い先生は何も聞かなくてもわかるものだよね」
相手が医師だったら口が裂けても言わないと思います。マッサージ師や鍼灸師を低く見ている方なのでしょう。
「だったら上手い先生の所に行けば良いんじゃないですか?」って言いたくなりますね。
>ジャッカルさん
おっしゃる通り、社会的地位の問題がからんでいると思います。「つべこべ言わずに言われたところをほぐせ」という意味だったのかもしれません。
そんなふうに思われていたとしても、鍼灸や東洋医学のスゴイところを見せたいですね。そのために必要な実力をつけたいですね。
一緒にどんどん結果出していきましょう!
初めまして。
先月から腕から手首にかけての激痛により
2件の整骨院で診てもらったのち、鍼灸院に通っています。そこはとても素晴らしい鍼灸院で男女とも若いスタッフさんがいらして、とてもフレンドリーな感覚で接してもらってます。
先生方の笑顔と会話で半分良くなった!と言えるくらい腕の痛みが和らぐと共に心も癒されて今までにない幸せな時間を過ごせています。
眠れないほどの痛みも今では随分楽になりました。が、完璧に痛みがないわけではないんです。それで、ここで辞めていいものなのか?
我慢できないほどの痛みでもないし、行くと全身マッサージ、マイクロ、電気、ウオーターベッド、鍼…と1時間以上かけて治療してくれます。それが最高に気持ちよいのです。
フレンドリーに接してもらう分、なんだか気がひけちゃって。こんなこと気にするのはおかしいのでしょうか?鍼灸師さんの立場で教えてください。
>こゆりさん
もし、気持ちよさを目的にされる場合は通院されていてもよいと思いますが…。
「もう来なくても大丈夫です」と言わない鍼灸院もあります。ですから、こよりさんがご自身が決めてよいと思います。
鍼灸院に気を遣う必要はないよう思います。
患者さんが迷いながら通院されているのは、こちらからもわかります。
「だいぶよくなってきたので、少し様子を見てみます。また、何かあったらお願いします。」と伝えるのがよいと思います。私ならそう言われるのが一番スッキリした気持ちで見送りできます。
やめてみて、残っている症状がどうしても取れない、という場合は、他の鍼灸院で受けてみるのもおすすめです。鍼灸院によって技術が全く違うので、もしかすると痛みがすぐにスッキリするかもしれませんよ。