東洋医学はあいまいなのか…

「東洋医学は曖昧」

こんな声を聞くことがよくあります。
私もそう思っています。

曖昧さが東洋医学の持ち味なわけですが、でも、時に嫌われる原因になっています。時には「信じる?信じない?」と、恋占いのように当たり外れで論じられることまで。そういう話を聞くたびに残念な気持ちでいっぱいになります。

東洋医学の曖昧さは理論に柔軟性があるからです。
結果が曖昧なわけではありません。
確実な結果を得るためにある医学です。

これから、曖昧を許容する理論だから見える世界をご案内します。

東洋医学は陰陽論に代表される東洋思想に基づいています。
物事を“相対的に”比較して現象の本質をつかまえようとします。

説明の前に血液検査。結果を見る時は、標準からどれくらい離れているかで異常のレベルを診断します。西洋医学では標準値が重要な役割を果たします。

でも、東洋医学は標準を定めません。常に揺れうごめく世界に標準を定めることはできないと考えているからです。たとえば、「早寝早起きがよい」と言われますが、東洋医学の古い本には、「夏は早起きがよいけれど、冬は日の出を待ってから起きた方がよい」と書いてあります(素問四氣調神大論篇より)。このように、季節によって健康的な過ごし方は変わることが説かれています。

誰かがよいと言っていた健康法が合わない、よくあることですよね。

たとえば、水は1日2リットルなんていう噂。
健康によいと言われていますが、具合が悪くなる人もいます。

季節によって発汗量も違いますし、運動量も一人一人違います。男女差もありますよね。100kgの男性と50kgの女性が同じ量であるはずがないわけで…。一つの理屈が毎回通るなんてことはありません。

東洋医学で考えれば「1日2リットル」の後には疑問符です。
何リットルがよいのかは現場でしかわかりません。
机上の計算では結論を出せない医学と言えます。東洋医学の古典を見ていると、わざと抽象的に書いているだろう、と思うところばかりです。大切なことは現場でしかわからないのだ、というメッセージが含まれているのでしょう。細かすぎる説明は、想定外の場面では役立たないどころか害となる、ということなのでしょう。

「病気は会議室で起きているんじゃない、現場で起きているんだ!」

と、山本高広さんが。

気分を変えて肩こりの話。

肩を触診していると「こんなにカタイ人いますか?」と訊かれることがあります。ご自身の肩こりがどの程度なのか、知っておきたいという気持ちなのでしょうね。「私よりカタイ人はいない」と自信を持っている方も。

質問に答えようとすると、問題発生!

肩こりがヒドイ方がたくさん来院されているため、私は、凝った肩ばかりを見ているかもしれないのです。たぶん、そうです。肩こりの施術をする鍼灸師なのに、肩こりの中程度を知らないのです。

だから「ヒドイ方ばかり診ていますから…」と濁しています(笑)

でも、安心してください。肩こりの標準を知らなくても現場では全く困りません。
陰陽論を使えば即解決です。

陰陽論なら、自由に「くらべっこ」してよいのです。

方法は簡単。左右、上下、前後、内外、遠近、過去現在…と対比することで、何が問題なのかを探ります。

右よりも左の肩の方がカタイ。

触れてみればわかります(鍼灸師はわかるような手の感覚を持っています)。押してみて患者さんに「どっちが痛いですか?」と尋ねれば、患者さんも違いに気がつきます。微妙なところもあるので、私はわかりやすいところを患者さんと共有するようにしています。

「鍼灸師と患者さんの感覚なんて曖昧だ。信用ならん!」

と言われても大丈夫です。

違いは感覚でわかれば問題ないのです。なぜなら、そもそも肩こりが「こっていて辛い」という感覚の世界だからです。フニャフニャで柔らかいと誰かが感じても、患者さん自身が「凝っていて辛い」と言えば、それは肩こりです。

標準がないからこそ、患者さんの辛さをそのまま受け入れることができるのです。もし、数値化された標準値を持ち歩いていたら、患者さんの訴えに「それは気のせいですよ」と答えなければなりません。

標準との比較だけが、医療的な判断ではありません。
平均値を気にしないから、理解できる辛さもあるのです。

「くらべっこ」で事態が把握できます。比べて出てくる「差」に真実が隠されているのです。その差に「何で?」と疑問を投げかけることで解決法を導きます。西洋医学と比べれば東洋医学は机上では曖昧な医学です。でも、いざ実践となると曖昧でない結論にたどり着けるのです。

「曖昧」が問題にされるのは、西洋医学の舞台に持ち込まれた場合です。「標準値がないので何にもわからん」ってことになってしまうでしょうね。

ここでは肩こりの左右差のみを取り上げましたが、実際には左右差で終わりになることはありません。前後、上下、内外、遠近…と分析していきます。

体は複雑です。人間が理解するには複雑すぎです。
一つ一つを丁寧にくらべっこしてヒントを得ます。

実践では多層的な分析が必要です。
考えなくても自然にできる、ところまで行けば名人です。

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