活法のパフォーマンス

私のところでは施術は個室の中です。
そのため、患者さんが他の人の施術を見ることはできません。

患者さんの立場で考えるとプライバシーが守られていることに安心する一方、自分以外にどんな患者さんが来院しているのかは気になるところだと思います。

レストランで他の客が何を注文しているのかわからない状態です。飲食店の常識から見ると、施術を受ける環境は実に閉鎖的です。中で何が行われているのかわらかない、特に鍼灸院は肌を出さなければならないため、閉鎖的な傾向がとても強いです。

活法研究会の橋本代表に呼ばれ、活法を体験しに行ったときのことです。そこで見たものは衝撃的でした。碓井師範の技はショーのようでした。一人に施される技に、会場の全員が巻き込まれてしまいます。

そもそも、施術を誰かに見せるなんて想定したことがありませんでした。ショーのように展開される施術は異文化です。そんなものを鍼灸の世界で見たことがありませんでした。術者=鍼灸師の手技は見られても、患者さんの体に起こる変化を端からではつかまえられないのです。放った矢を見送るだけというか。

前回の記事に、体に起こる変化を患者さんが認識できるようにする話を書きました。これをさらに広げていけば第三者が認識できるものになります。すべての症状をそうすることは無理ですが、可動域の変化はわかります。むしろ、可動域は患者さんより第三者がよくわかります。

その場で起こる変化を術者が黙って処理してしまうのではなく、患者さんに認識させ、もしそれを誰かが見ていたのなら、その人の認識まで促すことができます。この共通認識は大きなエネルギーになります。そのエネルギーを最大限活用しようとするためなのか師匠の施術室は完全オープンです。他の方の施術風景を待つ患者さんが見ることができます。ただ、誰もが真似のできるスタイルではないのでベストと言えるかどうかわかりません。まず、自信がないとできませんし、プライバシーの問題も気になるからです。

いずれせよ、施術の場において「わかりやすい」ことは症状を好転させるエネルギーになります。検査で異常なしとされた患者さんは、よりどころを求めています。「異常がないのに何でつらいんだ・・・?」と。原因がわからないにしても、施術で体の変化を感じれば、その事実を心のよりどころにすることができます。

反対に、「わかりにくい」ことは施術の足を引っ張ります。活法に出会う前も「わかりやすい施術」を心がけていたつもりでしたが、活法のソレとは全く別物でした。私が行ってきたのは「丁寧な説明」であって、それがうまくいったとしても「親切な鍼灸院」で終わりです。

最近、あるデータが私のところに届きました(論文用のアンケート集計)。

世に出る前なので、詳細に触れることはできませんが、鍼灸院の売り上げと治療方針の関係に興味をひかれました。売り上げの多い鍼灸院に伝統鍼灸を行っているところが少ないようです。伝統鍼灸の反対は何かといえば、現代西洋医学的な鍼灸です。

このデータと、ここで述べてきた「わかりやすい」「わかりにくい」施術の話を照らし合わせて、勝手にこんな解釈をしました。「伝統鍼灸はわかりにくい」と。伝統鍼灸における診察に脈診があります。脈で症状の原因を探ったりするもので、極めていくといろいろなことがわかるようです。脈診の名人が鍼灸の世界には存在します。ただ、患者さんは全くわかりません。鍼灸師だってわからないのですから。ある限られた名人にしか認識できない究極の診察法です。

それが優れていたとしても「わかりにくい」という点は変わりありません。脈を診た鍼灸師の「これでいい」という言葉を信じて患者さんは安心しなければなりません。こういう方法を否定するわけではありませんが、デビューと同時にカリスマ性を備えている鍼灸師は特別です。脈診に限らず伝統鍼灸の診察法は「名人のみ、その内容を知る」というものが目立ちます。

伝統鍼灸に問題があると思っているのではありません。即戦力が求められるこの時代(高い学費を払って免許をとったのだから修行している余裕はなく、すぐに稼がなければならない)、伝統鍼灸の技法を時間をかけて育てていく余裕はなかなかないものです。発展途上の技術は患者さんにわかりにくいと思われるリスクを伴っていると思います。

それに対して現代西洋医学的鍼灸は有利です。現代西洋医学的な鍼灸の定義は難しいのですが、私の知る限り、解剖学的知識に基づいて施術ポイントが決まるものが多いです。その一例として(あくまでも一例として)、患者さんが痛いと訴えるところの筋肉を特定し、そこを走る神経を考えて鍼を打ちます。

痛い場所に鍼を刺された患者さんは、とてもわかりやすいはずです。
鍼や灸は痛い所にする、という認識だからです。

説明を省いても鍼灸師の施術ポイントを追えば、鍼灸師が何をしようとしているのかわかります。鍼灸師の目的がわかりやすいです。伝統的な経絡(けいらく)を駆使する場合、局所に鍼をするとは限りませんから、患者さんは「こっちが痛いのに何でそっちに鍼をするんだろう…?」とその目的に気がつけない場合があります。

これでは「局所に鍼をする方がいい」という結論になってしまいますが、そうではないと思います。鍼灸の本当のポテンシャル(効果)は伝統の技でしか引き出せません。鍼灸は歴史の中で鍛えられてきたものなのですから!

伝統鍼灸では、患者さんに理解してもらうという点で挫折しやすいと思うのです。東洋医学の言葉は聞き慣れないものが多く、その用語を説明するだけで汗が出てきます。わかりやすい説明も大事ですが、頭で理解して頂こうと考える場合、現代西洋医学的な説明にはなかなか勝てません。

解決するには、頭ではなく体で理解できる技術にすればよいのです。
頭に訴え続けていた私にとって活法の手法は本当に衝撃的でした。

施術を誰かに見せるパフォーマンスと考える発想はなかったのです。
個室で行う施術においても、この発想が役立っています。

伝統を極めようと思っても時代は待ってくれません。整体師もライバルとなり、過当競争にさらされているこの業界で業を為すには思い切った工夫が絶対に必要です。将来を免許に委ねるだけの鍼灸師は必要されなくなってきたと思います(免許に食べさせてもらえない)。「鍼灸師の将来を切り開く覚悟」を問われている時代だと強く感じます。

覚悟を決めて2010年に飛び込みます!!
でも、その前にしばらく休暇です。

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