肩に「肩中兪」というツボがあります。ここは肩こりを感じる部位の代表格です。今回はこのツボを主役にして、「経絡の流れの方向性」について考えてみます。
肩中兪への鍼で、小指のしびれが消えた
まずは臨床的な経験から。
右の小指にしびれが出る方がいらっしゃいました。常にではなく、頭を左斜め前方に倒したときにしびれが出るというのです。この姿勢を取ったときに伸びるのが、肩中兪のある部位です。ここには肩甲挙筋という筋肉があり、頸椎と肩甲骨を結んでいます。
この肩中兪に鍼をしたら、その場で右の小指のしびれが出なくなりました。小指のしびれが肩中兪への刺鍼で消えた、という貴重な臨床上の経験ではありますが、このタイミングで考えておきたいことがあります。
この体験は、経絡で説明できるのでしょうか。

古典に記された流れは「小指から肩へ」
肩中兪というツボは、手太陽小腸経という経に所属しています。手太陽小腸経は、12本あるルートの一つです。このルートには方向性があります。
古典にはどう書かれているのでしょうか。
『霊枢』経脈第十
起於小指之端,循手外側,上腕,出踝中,直上循臂骨下廉,出肘內側兩筋之間,上循臑外後廉,出肩解,繞肩胛,交肩上,入缺盆,絡心,循咽,下膈,抵胃,屬小腸。
小指の先端に起こり、手の小指側を通って手首へ上がる。手首の骨の突出部を通り、前腕の骨の下縁に沿って直上し、肘の内側の二筋の間に出る。上腕の外側後縁を上がり、肩関節部に出て肩甲骨を巡り、肩上で交わる。缺盆に入り、心に連絡し、咽を巡り、横隔膜を下って胃に至り、小腸に属する。
これを読むと、小指から肩上へ向かう流れになっています。この流れるルートのことを、専門用語で「流注(るちゅう)」と言います。人体のなかを流れる気や血が、どの臓腑から始まり、どの道筋を通って、どこへつながっていくかという、巡りの順序・経路であると説明されています。
経絡において、流注(流れの方向性)は理論の要です。
「肩から小指へ」は流注と逆になる
ここで、私が経験した、肩中兪への刺鍼で小指のしびれが取れたことについて考えてみたいと思います。肩中兪から小指への方向は、流注とは逆です。もし、流注と矛盾しないように説明しようとすると、12本のルートをすべて経由してきたことになります。
時計で説明します。時計が6時半を指しているとき、30分前の6時に向かって逆回りすることはありませんが、11時間半待てば6時を指します。6時半から6時に向かって時間が進むという説明が屁理屈だと思う人は、肩中兪から小指への作用を「12のルートをすべて経由してきた」とする説明も、屁理屈に思うでしょう。
鍼灸の効果を、経絡だけで説明できるか
鍼灸の現場で起こる現象や体験をすべて経絡で説明しようとすると、無理が生じます。鍼灸の効果には、経絡では説明しきれないものがある、と考えた方がよいのです。このように考えても、経絡の価値は下がりません。経絡で説明できる現象や体験もあるからです。
経絡は鍼灸の効果を説明する一つの理論である、という割り切りが必要です。鍼灸の効果は、いくつもの理論を重ね合わせて説明するしかないのです。
でも、今回はあえて他の理論に逃げず、肩中兪と小指の関係を経絡の視点から考察してみます。
経絡で考えたとき、肩中兪と小指は同じグループに所属していて、問題になっているのは方向性です。ですから、方向性に疑問を投げかけるのはいかがでしょうか。
一周を12に分けることの便利さ
先ほど、時計を例に出しましたが、時計が12分割されていることと経絡が12本あることには、数学的に共通する便利さがあります。
一周を12で表すと、半分で6、3等分で4、4等分で3、6等分で2と、切りが良くなります。10で表すと、そうはいきません。半分は5でいけるのですが、3等分では3.33…と、扱いづらい数字になってしまいます。
一周するものを数字で表そうとする場合、12という数字はとても便利なのです。経絡理論も、この便利さにあやかるために12本のルートを設定した可能性があります。
五臓(肝・心・脾・肺・腎)に「心包」を加えて六臓に、五腑(胆・小腸・胃・大腸・膀胱)に「三焦」を加えて六腑にすれば、六臓六腑となりますから、12に寄せていった可能性が十分にあるわけです。「心包とは何か? 三焦とは何か?」という問いに対して解剖学的な答えが見つからないのは、数合わせのために設定されたからだと考えることもできます。

方向性は、理論を組み立てるために必要だったのか
人体の中の循環系を説明するために生まれたのが経絡理論であるなら、12本のルートには方向性が必要です。12本をつなげて方向性を決めなければなりません。その結果、手足の末端から体幹に向かっていくものと、体幹から手足に向かっていくものに分けられたと考えられます。
この説が正しいかどうかはわかりませんが、理論構築のために方向性を決める必要が生まれて、形式的に方向性が当てはめられた可能性を、頭の片隅に置いておくべきでしょう。
私は、経絡理論がデタラメだと言いたいのではありません。この世に完全無欠な理論がないように、経絡も完全無欠でなくてよいのです。「経絡は実際の現象と合わないこともある」と考えた方が、安全に経絡と付き合えます。
大切なのは、肩中兪と小指の関係
私は、肩中兪と小指が同じグループにあることが重要だと考えています。肩中兪に鍼をしたら小指のしびれが取れた、ということをすでに誰かが経験していて、「この2つは関係あり」として、同じ所属にしたのだと思います。
当初は「肩中兪→小指」という方向性を含んだ関係で記されていたものが、大人の事情に飲み込まれて、方向性を失ってしまったと言えます。


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