選穴の根拠はどうしていますか?

選穴の根拠はどうしていますか? 技術論

鍼灸師のみなさんは、何を根拠にツボを選んでいますか? 経絡でしょうか。筋肉や神経の走行でしょうか。それとも、これまでの臨床経験でしょうか。どれも選穴の理由になり得ますが、私が気になっているのは、どの理論を使っているかではありません。

そのツボを選んだ理由と、施術によって何が変わると考えているのかを、具体的に説明できるかどうかです。

「なぜ、そのツボを選んだのですか?」

こう尋ねられたとき、私たちはどこまで説明できるでしょうか。

根拠があることと、証明されていることは違う

選穴の根拠という話をすると、科学的なエビデンスの話になることがあります。もちろん、治療の有効性を科学的に検証することは重要です。あるツボに鍼をして症状が改善したとしても、それだけで鍼の効果が証明されたことにはなりません。しかし、今回考えたいのは、それとは少し違う問題です。

臨床家が、なぜそのツボを選んだのかという判断の根拠です。

たとえば、ある患者さんに対して特定のツボを選んだとします。「昔から使われているツボだから」「教科書に書いてあるから」「経験的によく効くから」。いずれも選穴の理由にはなります。しかし、それだけで十分でしょうか。私は、もう一歩踏み込んで考える必要があると思っています。

そもそも、選穴の根拠があるということは、単にツボを選んだ理由を説明できることなのでしょうか。理由があればよいのなら、どんな選穴にも理由をつけることができそうです。私が大切だと考えているのは、その理由から何を予測できるのかということです。

何が変わると予測していますか?

仮に、頚を右に回すと痛みが出る患者さんがいたとします。あるツボに鍼をするとき、「頚が楽になるだろう」と考えるのと、「右回旋時の痛みや動きが変化するだろう」と考えるのでは、予測の具体性が違います。後者なら、施術前に何を調べ、施術後に何を確かめればよいのかが明確になります。

予測した変化が起これば、その判断を支持する一つの観察結果になります。変化が起こらなければ、仮説を見直すきっかけになります。ここで重要なのは、予測が必ず当たることではありません。予測が当たったのか、外れたのかを判断できることです。

「なんとなくよくなった気がする」という感想も、患者さんの体験として大切です。しかし、それだけでは、選穴の判断が適切だったのかを検討するのは難しいでしょう。患者さんが満足したかどうかと、施術者が予測した変化が起こったかどうかは、分けて考える必要があります。

では、予測を具体的にするには、何が必要なのでしょうか。

私は、選穴よりも前にある「観察」が重要だと考えています。頚の動きなのか、筋肉の緊張なのか、左右差なのか、腹部や背部の反応なのか。どこに、どのような問題があると捉えたのかが曖昧なままでは、ツボを選ぶ理由も曖昧になります。反対に、観察する場所と確認する変化が明確であれば、選穴の理由も具体的に考えやすくなります。

これは運動器疾患に限った話ではありません。身体の動きとして捉えやすい問題もあれば、触診所見や症状の経過など、別の指標を用いる必要がある問題もあります。大切なのは、その患者さんについて何を問題と捉え、何を変えようとしているのかを明らかにすることです。

結果が出なかったとき、どう考えるか

鍼灸師にとって、施術後に期待した変化が起こらないことは珍しくありません。そんなとき、どうしていますか? 別のツボを試す、刺激量を変える、もう少し様子を見る。どれも選択肢にはなりますが、なぜ次の方法を選ぶのでしょうか。

最初の選穴に明確な理由がなければ、次の選穴も手探りになりやすいと思います。一方、最初に何を観察し、どんな変化を予測していたかが明確なら、結果が出なかったことにも意味が生まれます。予測と結果が一致しなかったという事実は、少なくとも最初の仮説を見直す理由になります。

もちろん、変化がなかった原因は一つとは限りません。評価方法や刺激条件、患者さんの状態なども考慮する必要があります。それでも、何を確かめようとしていたのかが明確であれば、次に考えるべきことが見えてきます。何も変わらなかったという結果も、次の判断に使える情報になるのです。

見通しのある臨床は、なぜ楽なのか

私は、選穴の根拠が明確であることは、技術的な問題だけではないと思っています。施術者の心理的な負担にも関係するからです。鍼をしてみなければわからない。患者さんの感想を聞くまで、よかったのかどうか判断できない。そんな臨床を毎日続けるのは、なかなか大変です。

もちろん、人体は複雑です。理論どおりにならないこともありますし、どれほど経験を積んでも不確実性がなくなるわけではありません。しかし、施術前に見通しを持てることと、何もわからないまま結果を待つことには、大きな違いがあります。

何を観察し、どのツボを選び、何が変わると予測するのか。そして、何をもって結果を判断するのか。これらが明確であれば、施術者は結果を冷静に受け止めやすくなります。期待した変化が起こらなくても、次に何を考えるべきかがわかれば、必要以上に迷わずに済みます。

私は、こうした見通しが臨床の楽しさにもつながると考えています。予測した変化が起これば、自分の考えを確かめる喜びがあります。予測が外れたとしても、そこから新しい発見につながるかもしれません。臨床が、結果を待つだけの時間ではなく、人体を理解していく時間になるのです。

自分の選穴を説明できますか?

臨床には、まだ説明できない現象がたくさんあります。経験から選んだツボが思いがけない変化を起こすこともありますし、そのような発見を否定するつもりもありません。

むしろ、だからこそ考えたいのです。なぜ変わったのか。次に同じような患者さんが来たとき、どこを観察すればよいのか。どのような条件なら、同じ変化を予測できるのか。偶然の発見を、次の臨床に生かせる知識に変えていくことが大切なのだと思います。

経験を積むことと、経験を整理することは同じではありません。優れた勘を持つ鍼灸師ほど、その勘が何を捉えているのかを言葉にできれば、さらに可能性が広がるのではないでしょうか。そして、自分の判断を説明できれば、ほかの鍼灸師と検討することもできます。個人の経験を、共有できる知識へと発展させることも可能になります。

最後に、もう一度問いかけたいと思います。

あなたは、そのツボを選んだ理由を説明できますか? そして、そのツボで何が変わると予測していますか?

施術ベッドの前でツボを選ぶとき、私たちは患者さんの身体だけでなく、自分自身の判断とも向き合っています。暗い道を勘だけで進むのと、行き先を確かめながら進むのとでは、同じ一歩でも心持ちが違います。臨床にも、そんな見通しがあってよいと思うのです。

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