活法の瞬間調整

活法(かっぽう)の魅力の一つは瞬間的な変化です。戦の最中はゆっくり治療してなんかいれられません。そういう場面ではリラクゼーションは必要なく、すぐにわかる変化が求められます。活法の技の数々がどのように開発されたのか、詳しいことはわかりません。その場に立ち合った人はいないので謎です。

間違いなく言えるのは「天才が考えた技である」ということです。この技を考えた人に会ってみたい…と想いを馳せていると、たまに師匠のオリジナルだったり(笑)師匠もまた類い希なる才能を持つ施術家ですから。

活法の瞬間変化は、人体の肉体構造と意識構造を利用していると言えます。体がどのような部品でなっているのかとハードウェアとして考え、その一方で、体はどのような意識で動かしているのかとソフトウェアとして考えるわけです。同じ肉体でも意識が変わるだけで動きや筋力が変わります。

肉体と意識を“同時に”調整しようという発想は、活法に出会うまでありませんでした。肉体が変われば意識も変わるという前後関係での認識でした。“同時に”ではなかったのです。活法の技をみると、肉体と意識が同時に変化しているものが多いことに気がつきます。

一つの例です。


(患者さんの許可を得て撮影・掲載)

これは膝を屈曲しやすくする技です。スポーツのパフォーマンスを改善させたり、正座が苦手な方によく使う技です(器質的な問題がある場合は使いません)。患者さんが驚いているのは、完全に屈曲できなかった膝が何の前ぶれもなく屈曲してしまったからです。何をされたのかよくわからないまま、膝が深く曲がった事実が患者さんの意識に飛び込んでいきました。

この時、「瞬間的によくなった」と認識されるのではなく、「今までは何だったんだろう…」と意識がひっくり返っていると言えます。脳はプロセスを理解する暇がありません。

本来、健やかな状態が基準でなければなりませんが、長く病気やケガに苦しんでいると悪い状態が基準になってしまいます。悪い状態であるにも関わらず、その状態を維持しようとしてしまうのです。言ってみれば、悪い状態を良い状態であると勘違いしているのです。

勘違いが起こっていると、改善させようと働きかても拒絶されてしまうことがあるのです。理屈抜きにして、そう感じたことがある施術家は少なくないはずです。であるならば、拒絶する機会を奪ってしまえばよいのです。

敵に気がつかれないように、懐に潜り込んでしまうというわけです。
武術の裏技である活法ならではのところだと思います。

瞬間的な変化をもたらすテクニックは、時短という価値もさることながら意識を変える力がスゴイのです。このブログで活法を何度も取り上げていますが、鍼灸と徒手療法の併用を訴えたいわけでありません。鍼灸師として、活法の発想についつい興奮してしまうのです。

鍼灸への応用を模索しています。

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