神の手を握ったら100万ドル

神の手を握ったら100万ドル

リーマン予想

この世界は誰が創造したのか、と考えればいつかは神にたどり着けるのかもしれません。この世界の真実を知るには神の声を聞かなければなりません。神を存在を信じないのであれば、この世を支配している法則を探求しなければなりません。いずれにしても、人間の叡智が及ばない領域があります。

素数

この世を支配している真理・法則を神とするならば、人類は常に神に挑戦し続けています。そして、常に神から難問を突きつけられています。

数学者の間では超有名な難問に、リーマン予想というものがあります。素数の規則性に関する予想ですが、この予想が正しいことをまだ誰も証明できていません。リーマン予想の証明に成功すれば、素数の並びに規則性があることが証明されます。

この神への挑戦には100万ドルの懸賞金がかけられています。100万ドルとは驚きです。リーマン予想を証明できることは、神の手を握るくらいの価値があると数学者は考えているのかもしれません。

医療は謎だらけ

医療の世界も謎だらけです。なぜ病気になるのか、なぜ病気が治るのか、なぜ薬が効くのか、そのほとんどが謎のままです。医学書には、解けていない予想が書き並べられています。

そもそも、医療とはそういうものです。患者さんを救う行動に出るためには、メカニズムの完全解明を待っていたら何もできません。「学」の完成を待たずして「術」として施しているのです。それを繰り返していくうちに、「○○すると□□によって△△となる」と少しずつ明らかになっていきます。

鍼灸も全く同じです。「なぜツボが効くのか・・・」という問いに答えは出ていません。完全ではなくても、こんな時には、このツボを使うと良いという経験的な法則が見つかっています。治効機序がわかっていないから、本当に効くのか怪しいと言う方がいますが、ナンセンスな意見です。医とは学の完成を待たずして、常に行われてきたものだからです。

学術とは「学」と「術」

ここで学と術を私なりに整理しておきます。知識を得ることは、これから起こるかもしれないことへの準備だと思っています。ただ、いくら知っていても実践できなければ意味がありません。臨床の現場にいる者としては、術を持っていることが重要です。

その術とは個人的なものです。確かに、術の法則性をまとめれば「術理」となり、方式をまとめれば「術式」となって集団として活用する道はあります。しかし、誰もが体現できるものではありませんから、やはり個人的だと思うのです。

学術

日々、患者さんに施術をしていると、うまくいかない時もあります。患者さんの期待に応えられない時は、神の手を握りたくなります。「どうしたら治るのですか?」と訊いてみても、神は簡単に答えてはくれません。答えてくれなくても、やるしかないのです。学術を高めていく他ありません。そこに神の手が差し伸べられるのだと思います。

つづく・・・

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カポス(東京都港区/品川駅)
養気院(群馬県伊勢崎市)
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