3月上旬に出版します
タイトルは、『ツボがある本当の意味 ~経絡理論を根底から覆すツボ理論~』です。
タイトルから分かる通り、経絡(けいらく)理論に対する強い批判を込めています。ただし、この批判は経絡そのものに対するものではなく、経絡を盲信することで本当のツボの意味が見えなくなってしまうことへの警鐘です。
臨床20年の中で、鍼灸の効果は疑いようがありません。時には鍼灸師自身が驚いてしまう効果が表れます。鍼灸を行っていると、人体の緻密な構造と芸術的な制御にうっとりします。
鍼灸はアナログで研究とは無縁な世界に思われるかもしれません。実は逆です。これ以上ないくらいシンプルな道具を使うからこそ、人体の素朴で素直な反応を観察できるのです。
鍼灸は、人体に潜む構造を利用しなければ成り立たない職業です。知的好奇心を擽る職業です。こうした側面があるいっぽうで、経験と勘のみで施術することもできてしまいます。ただ、それでは本来の鍼灸のポテンシャルは引き出せません。
私が鍼灸師を楽しく続けているのは、人体構造への挑戦ができるからです。その上、患者さんに感謝されるのですから、本当にやりがいのある仕事です。
もし経絡がなかったら
鍼灸師が人体を診る時に用いるのが経絡です。しかし、経絡はその存在が明らかにされているわけではありません。「経絡はある」という仮定の上に理論が乗っています。こうした構造は、鍼灸の未来をつくる時に、大きな障壁になってしまうでしょう。
経絡の存在が曖昧だからといって、直ちに鍼灸の価値が下がるという意味ではありません。むしろ、その経絡によって鍼灸の歴史が花開いたと言えます。もし「経絡」が考案されていなかったら、鍼灸は現代に残っていなかった可能性が極めて高いと考えています。
少なくとも、人体の病気の正体をつかもうとする作業仮説として優秀なものです。経絡があると仮定して鍼灸を行うと、相応の変化が見られます。そのいっぽうで、経絡の通りにならない現象が数え切れないほど起きるのです。
そうした事情から、鍼灸師はそれぞれの信念に基づいて、二つに分かれてしまいます。経絡を信じる派と経絡を信じない派。同じ鍼灸の中でこうした分裂が起きてしまうことは、鍼灸の発展にとって喜ばしいとは言えません。
そもそも鍼灸は宗教ではないのですから、信じるとか信じないとか、そういう選択に迫られていることがおかしいと思います。
シンプルな世界に戻す
書籍の中で強調したのは、経絡以前の状態でツボを考え直すことです。経絡はとても高度な理論です。モノゴトの始まりは何ごともシンプルです。シンプルなものが集まってくると、複雑になってくるので整理しなけばなりません。そこで経絡という線の上にツボを配属させることによって整理したのです。
普通に考えると、誰でも想像できる順序ですが、教育の中で「経絡というものがありまして…」から入ってしまうから、本来必要なことが見えなくなってしまいます。本来必要なことは、現象の観察です。ツボに鍼や灸をしたら、体にどんな変化が起こるのか、その変化を(経絡というフィルターをかけずに)素直に観察した方がよいのです。
そうした基礎があって、ようやく経絡の真意が理解でき、経絡の価値もわかります。同時に、経絡が完全無欠の理論ではないことがわかります。このように経絡の実際を知って、限界を認めることが、鍼灸の発展を促すと考えています。
つづく…
出版記念イベントの案内(3/24)
「鍼灸師と医師で解き明かす 経絡とツボの正体」
会場:FinGATE KAYABA(東京)
参加費:2,000円(1部)/3,000円(2部)
≫申込フォーム
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https://twitter.com/kuri_suke
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