経絡はいつ生まれたのか(1) 見える「絡」と見えない「経」

見える絡と見えない経

鍼灸を学んだことがある人なら「経絡」という言葉を知らない人はいないでしょう。経絡が全身をめぐっていて、その上にツボがある。肺経、胃経、膀胱経など、それぞれの経絡が臓腑とつながっている。

鍼灸を学ぶときには、完成された理論として教わります。ですから「経絡」という言葉を見ても疑問を持ちません。経絡は経絡です。何か問題でもあるのでしょうか。

でも、古典を読んでいると、ときどき引っかかることがあります。そもそも「経絡」は、最初から一つのものだったのでしょうか。今回は、この二文字をいったんバラバラにしてみようと思います。

『経絡論』を読んでみる

『黄帝内経・素問』には、まさにの篇があります。『経絡論篇』です。経絡について説明している篇と思いきや、冒頭から様子が変です。

黄帝がこんな質問をしています。

夫絡脈之見也、其五色各異、青黃赤白黑不同、其故何也?
 絡脈が見えるとき、その色が青、黄、赤、白、黒とそれぞれ違う。それはなぜなのか。

「絡脈」の話から始まります。「経」の説明からではありません。しかも色の話です。

 青、黄、赤、白、黒。

これらの色が指すものはいったい何か。古代の人には、現代人には見えない何かが見えていたのでしょうか。身体の周囲にあるオーラのようなものを見て、その色を判別していたのでしょうか。こんなふうに考えると東洋医学があやしくなります。

ここでも、いつもの通り「東洋医学って不思議」という先入観を持たず、普通に読んでいけばよいのです。ヒントを探しに出かけましょう。

見える脈と見えない脈

『霊枢』の『経脈篇』に、ちょうどよい文章があります。

雷公が黄帝に尋ねています。
 

何以知經脈之與絡脈異也?
 経脈と絡脈が異なることを、どうやって知るのか。

この質問そのものが興味深いのですが、黄帝の答えはもっと興味深いものです。
 

經脈者、常不可見也。
 経脈は、通常は見ることができない。

そして続けます。
 

脈之見者、皆絡脈也。
 見える脈は、みな絡脈である。

はっきり書いてあります。

 経脈は見えない。
 絡脈は見える。

この区別はかなり重要だと思います。

現在では「経絡が見える」という表現を耳にすることがあります。それがどのような体験を指しているのか、私にはわかりません。それを否定しようという話でもありません。ただ、『黄帝内経』に書かれている「経脈」の話をしているのであれば少し事情が違います。

古典自身が、
 

常不可見也
 通常は見ることができない

と言っているからです。

古代の医学というと、何となく神秘的な世界を想像してしまいます。でも、少なくともこの文章を書いた人は、自分たちが目で確認できるものと、確認できないものを区別していたことになります。では、見えるという「絡脈」は何なのでしょうか。

絡脈は本当に目で見ていた

続きを読んでみましょう。
 

其會皆見于外
 絡脈が会するところは、すべて外に見えるとあります。

さらに、
 

凡診絡脈、脈色青則寒且痛、赤則有熱。
 絡脈を診るとき、脈の色が青ければ寒や痛、赤ければ熱がある。

そして、もっと具体的な説明が続きます。
 

胃中寒、手魚之絡多青矣。
 胃の中に寒があるときは、手の魚際あたりの絡が青くなる。

 

胃中有熱、魚際絡赤。
 胃の中に熱があれば、魚際の絡が赤くなる。

ここまで読むと、だいぶ印象が変わってきていませんか。「色」という言葉だけを取り出すと、何か特殊な能力で見ていたものを想像する余地があります。

魚際(ツボ)

でも、魚際という具体的な場所まで指定して、「ここの絡を見なさい」、「青ければこう、 赤ければこう」と説明しています。しかも、そのあとには絡脈を刺して血を出す話まで続きます。かなり現実的です。

少なくともここでいう「絡脈の色」は、特殊な能力を持つ人だけが見える何かではなさそうです。身体の表面に現れて、目で観察できるものとして扱われています。もちろん、それを現代解剖学の血管と同じものだと言っているわけではありません。古典に書いてある範囲で言えば、絡脈は目で見えるということなのです。

もう一度『経絡論』に戻る

ここで最初の『経絡論』に戻ってみます。黄帝は、見えている絡脈の色がなぜ違うのかと尋ねました。
岐伯はこう答えています。

 

經有常色、而絡無常變也。
 経には常の色があり、絡には一定しない変化がある。

ここで注目したいのは、色そのものではありません。「経」と「絡」を分けて説明していることです。
さらに黄帝は、
 

絡之陰陽、亦應其經乎?
 絡の陰陽も、その経に応じるのか。

と尋ねています。

経があって絡がある。そして両者がどう関係するのかを話しています。私たちは「経絡」という一つの言葉で覚えていますから、つい一つのものとして読んでしまいます。でも、古典の文章をそのまま読んでみると、どうもそう単純ではありません。

ちなみに面白いことに、篇名は『経絡論』なのですが、本文には二字熟語としての「經絡」が一度も出てきません。出てくるのは、「経」「絡」「経脈」「絡脈」です。『経絡論』なのに、「経絡」という一つのものについて説明しているというより、経と絡の違いを説明しているように読めるのです。

絡から経へ入る

ヒントを探すために、もう一つ見に行きましょう。『素問・皮部論』には、邪が身体の中に入っていく様子が書かれています。
邪客於皮、則腠理開、開則邪入客於絡脈、絡脈滿、則注於經脈、經脈滿、則入舍於腑臟也。
ちょっと難しいので整理するとこうです。

 皮→絡脈→経脈→腑臓

という順番です。

ここでも、絡脈と経脈は同じものとして扱われていません。邪がまず絡脈に入り、そこから経脈へ入り、さらに腑臓へ進むという順序があります。

同じ『皮部論』には、
 

絡盛則入客於經
 邪が絡脈に満ちると、さらに奥の経脈へ入り込む。

という表現も繰り返し出てきます。

「絡から経へ入る」と書いていますので、少なくともこの文章を書いた人は、違う層として区別していたようです。

「経絡」という言葉をいったん忘れる

ここまで読んで、私は「経絡」という言葉が少し邪魔になってきました。もちろん、経絡という言葉を使うことが間違っているという話ではありません。現在の鍼灸を説明するには便利な言葉ですし、私も普通に使います。

問題は、古典を読むときです。私たちはすでに「経絡とはこういうものだ」という完成した知識を持っています。

だから、「経」と書いてあっても「絡」と書いてあっても、頭の中で勝手に「経絡」に変換してしまいます。それをやめてみると、「見えない経脈」と「見える絡脈」という違いが出てきます。

さらに「絡脈から経脈へ入る」という層が違うことを示唆しています。ここで「経脈とは何なのか」「絡脈とは何なのか」と定義したくなりますが、まだ早いです。

今回わかったのは、そこではありません。

古典を読むときには、「経絡」という一語をいったん「経」と「絡」に戻した方がよさそうです。

今のところは、ここまでの理解で十分でしょう。ここでさらなる疑問がわいてきます。経と絡があったとして、その前には何があったのでしょうか。さらに古い医学資料を探していくと、「経絡」どころか「十二経脈」もまだありません。

そこにあるのは「脈」です。

次回は、今から二千年以上前の墓から出てきた医学書まで、少し時間をさかのぼってみようと思います。

つづき…(2)ツボは経絡から生まれたのか

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