<鍼灸師は知識か感性か?(これまでの話)>
第1回 鍼灸との出会い
第2回 閉ざされた鍼灸への道
第3回 知識は技である
第4回 僕が鍼灸師になった理由
第5回 略して鍼灸師
情報が技化されると知識になる。
感性の中心には感動がある。
と、自前の論を発表してきましたが、そろそろどっちが大切なのか決着をつけようと思います。というより、結論は既に決まっていますよね。両方大切ですから!
それでは話が終わってしまうので、新しいことを書きます。
鍼灸師の個性を決定するのが知識や感性だと思うのです。
何を勉強するかで知識が決まり、
何に感動するかで感性が決まる。
こういうことではないかと思います。
鍼灸には「こうしなければならない」という制約が少なく、個性は出し放題です。出し惜しみしたらもったいない、そうですよね。←誰に同意を求めているのか不明
話を振り出しに戻してもいいですか?
知識と感性が個性を決めるなら、腕は何が決めるのか…。
私は「想像力」だと思います。
自分が経験した症状は簡単に想像できます。たとえば、私は坐骨神経痛に悩まされたので、その痛みと辛さはよく知っています。でも、臨床では簡単に想像できる症状ばかりを診るわけではありません。自分が経験したことのない疾患を診ることが要求されます。もし、経験したことのある症状しか診られないならば、鍼灸師自らいろいろな病気や怪我をしなければなりませんよね。不健康な鍼灸師が腕がよいわけがありません。やはり、鍼灸師自身が健康でなければ!
経験したことのない症状に現実感をもって対応できるか否か、それが鍼灸師の腕の差になってくると考えています。だから、常に「想像力を磨け!」と自分に言い聞かせています。
知識だけだと、論理で終わり、
感性だけだと、共感で終わります。
想像力によって知識や感性が「術」と化すと思うのです。さらに突っ込むなら戦術だけでは足りなくて戦略も必要です。ロジカルな思考です。論理を組み立てる能力が病気を治すために絶対に必要です。
戦術と戦略に長けた個性ある鍼灸師、それが私の目指す鍼灸師です。
鍼灸師って大変だぁ。でも、一生をかける価値がある仕事だなぁ。


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