(明かりのない部屋 第2話のつづき)
「始めますので、テレビを消してもいいですか?」
私は丁寧にお願いしました。
テレビが消されると、辺りは静まりかえり私が声を発しない限り静寂が続きます。
家族に任されてしまった私は、この雰囲気の中で準備を進めました。
「調子はどうですか?」
「・・・」
返事はありません。それだけならまだ、何とかなりそうですが、困ったことに目も合わせてくれません。思い返せば、Aさんとは、過去2回の訪問でもほとんど会話をしていません。初めての治療の時、問診して答えていたのはAさんの娘さんです。「声を出す元気がないのかな」と思っていて、その時はそれほど気にしていませんでした。Aさんに訊ねた時は、首を縦に振るか、横に振るかだけです。そんな様子を見て、娘さんが補足するように説明してくれたのです。
思い返せば、私が問診で得た情報の9割は娘さんからお伺いしたものだったのです。
施術料の支払いはというと、娘さんの旦那様です。患者さんであるAさんは、その金額すら知らなかったかもしれません。
2回目訪問時、鍼灸の説明をしたわけですが、その時もAさんと言葉を交わした記憶はありません。私が勝手に説明した気分になっていた・・・だけ?
「今日の痛みはどうですか?」
沈黙を破りたかった私は、再びAさんに問いかけました。
すると、重かった口をようやく開き、答えてくれました。
「昨日はよかった。今日は痛む。」
と、小さな声でつぶやきました。
その後、ふたこと、みことの会話はあったと思います。
「それでは、治療を始めましょうか」
と、私は施術を始めようと思って声をかけます。
「・・・」
返事はありません。こたつから出て準備をしようとしないAさんに対して、私は次の言葉が見つかりません。薄暗くなったのは、部屋だけではないようです。私の心にも陰りが・・・
こうなったら、Aさんがこたつに入ったままでも施術しよう!
私は開き直るしかありませんでした。
診られるのは手と腕のツボ、そして顔くらいです。しかも、明かりのつかない部屋で、触診を始めました。
そこへ、娘さんが戻ってきました。
「電気もつけないで・・・!」
と驚いた様子で、明かりをつけてくれました。
この明かりが救いの光となると思えたのは、一瞬だけでした。
娘さんは、「よろしくお願いします。」と簡単な挨拶を交わした後、出ていってしまいました。
救世主のように見えた娘さんが去っていき、私の心に再び陰りが・・・
部屋は明るくなったとはいえ、施術ができるような状況でないことに、私のストレスもピークを迎えました。
私が限られた条件で、痛みを緩和させてようと一生懸命でした。そして、その努力を拒むAさん。
もう限界だ
そう思った時、私はAさんにこう言うしかありませんでした。
「施術に協力していただかないと何もできません。代金は頂きませんので、これで失礼します。」
私が片づけを始めると、それまで黙っていたAさんが怒鳴り声を上げたのです!
「逃げるのか!最後までやってから帰れ!」
私はつい言い返してしまいました。
「治療は協力していただかないとできません。このような態度をとられては、私にできることはありません。ですから、これで失礼させていただこうと思います。」
テンションが下がっていないAさんから、次の言葉が出てきました。
「こんな治療が効くわけがないだろう!」
私は冷静さを失う限界で、
「でも、先日は痛みが軽くなったと、昨日も痛みが軽かったのではないですか・・・?」
「気のせいで軽くなっただけだよ!鍼で痛みが軽くなるはずないだろ!そんなこともわからないのか?オマエが来ることが迷惑なんだよ!」
これには、私も返す言葉はありませんし、何も返す気になれません。
Aさんが発した言葉の中には、「ここ数日の痛みが軽かった」と認めている節があります。
Aさんが鍼灸や私をどう受けとめていたとしても、
鍼灸は効いていた
そう思うことで、私は私でいられたのでした。(つづく…次回最終話)


コメント
う~~~~ん、とうなるほど、次の展開が気になる程の臨場感を感じさせる文章!
自分だったらどの様な行動を起こせるか考えさせられます。
それにしても医者の鍼灸の認識不足での苦労はクリ先生もしてるんですな。
僕も同意書を書いてもらうのに一苦労してます。
それでは続きを楽しみにしてます。
駆け出しの頃、鍼灸を否定されることに過敏になっていたと思います。
自分の腕を否定されるなら、仕方ありません。ただ、数千年の東洋医学の歴史を平然と否定されるのは、申し訳ない気持ちになります。東洋医学の発展に寄与した医家の名誉を自分の未熟さで傷つけてしまったと思うからです。