多体問題で考える医療と科学(2/6)「人も科学も人を治せない理由」

多体問題で考える医療と科学1のつづき)

■科学は人を治せるのか

ニュートンを知らなくても、月が地球に落ちることはありません。ニュートンを知らなくても、リンゴを手放せば地面に落ちることはわかります。科学を知っていても、月を地球に落下させることはできません。科学を知っていても、落ちるリンゴの下に手を伸ばさなければ地面で割れてしまいます。

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科学を知ることと現象をコントロールすることはイコールではありません。もし、この話が難しいと感じたら、科学で恋愛ができないことを思い出すだけで十分です。

科学が役に立たないと言いたいのではありません。現象をコントロールするのに科学が役立っていることは疑いようがありません。自動車が走るのも、スマホがインターネットに接続できるのも科学技術のおかげです。ここで伝えたいことは、計算で解けるものは、ごく一部でしかないという現実です。人体も例外ではありません。

■人が人を治せない理由

症状の原因を探し解決法を導くことは、究極の多体問題に取り組むようなものです。解きようがない超難問です。誰も解くことができません。にもかかわらず治療によって症状が改善するのは、人体に自動解決能力が備わっているからです。これを自然治癒力と呼びます。

こうして考えると、人が人の体の問題(原因)を解決できないことが、すぐにわかります。解決しているのは患者さん自身です。医療者は、患者さん自身が解決するための補助でしかありません。「治す技術」など存在しません。あるのは「治す手助けになる技術」です。

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こういうふうに考えれば患者さんに「オレが治してやる!」とは言えないはずです。鍼灸でも徒手でも、施術した患者さんが治る経過を見ていると、「自分が治した」と錯覚してしまうことがあります。とりわけ、血気盛んな駆け出しの時期に多いと思います。

病気や怪我が治った患者さんは、「治してくれてありがとう」と言うかもしれません。その言葉は嬉しく受け入れますが、心の中では「こちらこそ、あなたの治る力にありがとう」という言葉をつぶやくのです。私たちの仕事は、患者さんの「治る力」に依存したものであることを忘れないようにしたいものです。

■医療者が取り組むべき問題

医療者の仕事は、多体問題の解を探すことではありません。人体に備わる自動解決能力のスイッチを探し出すことです。人が人を治せない以上、どんな医療にも言えることです。西洋医学だろうと、東洋医学だろうと関係ありません。手術であろうと薬であろうと、最終的なところで人体の自動解決能力がオンにならなければ、命を助けることもできません。

そもそも医療は、命を助けるだけが目的ではありません。延命は医療の一部でしかありません。心を扱うことも医療の大事な役割です。命の関わらない症状であれば、心が主役であることの方が多いのかもしれません。「生きるか死ぬか」より「つらい」「不安」「苦しい」「孤独」といった感情にフォーカスしなければなりません。これも、科学で扱いきれるものではないのです。

手とハート

裏返せば、科学で塗り固められた医療は、患者さんの心の中に入り込むことはできないということです。科学は“医学”を発展させてきたことは間違いありません。ただし、“医療”を育ててきたのは人間です。人間をそのまま「人間」として理解できるのは人間だけです。「そのまま」で考える時に多体問題は存在しません。多体問題は、人間を要素に切りわけた時に起こる問題だからです。

<つづく…

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