(多体問題で考える医療と科学2のつづき)
■西洋と東洋の境界線
西洋医学、東洋医学と言っても、それぞれの定義はあいまいなままです。線引きの仕方には何通りもあります。簡単なようで難しいのが、西洋と東洋の境界線です。線引きをする方法はいくつもあります。思いつくだけでも、地域、歴史、思想、文化、薬の種類、道具、手技…など。
たとえば、私が使っている鍼。鍼だから東洋医学ってわけではありません。鍼を使いながら西洋医学をすることもできますし、メスを使いながら東洋医学もできます。言い切れてしまうのは、定義をしていないからです。何とでも言えるのです。
たいていの場合、定義づけは都合に合わせて変わる流動的なものです。東洋医学と西洋医学の間を行ったり来たりできます。こういた事情を否定したいわけではありません。そもそも、そういうものだからです。相対的な関係なのですから。左があるから右があるのと同じことです。

医学の線引きで気になることが1つあります。それは、「西洋医学は科学的で、東洋医学は経験的だ」というものです。西洋医学が科学だと言う人が多いのに、東洋医学が科学だと言う人は少ないのです。
そもそも、西洋医学が科学であるかは議論の余地があります。たとえば、数種類の薬をまとめて飲む行為ですでに科学的とは言えません。まさに多体問題の典型例です。薬の飲み合わせがどんな結果になるのか数学的に導くことはできないのですから。その処方は感覚的なもので、決して科学的と言えるものではありません。
東洋医学はどうでしょうか。数学的に結論を出せないところは同じです。漢方薬は最初からいろいろな成分が混ざっているので、数学的な結論は絶望的です。では、科学が入り込む余地はないのでしょうか。そんなことはありません。数学で答えを探すだけが科学ではないのですから。
■東洋医学は幻想世界ではない
医療を実践するとなれば、感覚に頼らざるを得ない部分があります。西洋であろうと東洋であろうと関係なく、感覚世界があります。医療には「人間にしかできない」という前提があり、これは感覚に頼らざるを得ないことを意味しているわけです。
感覚がなければ成り立ちません。医療はそういうものです。しかし、感覚だけでは成り立たないのも医療です。「科学の力を借りる」ということが重要です。東洋医学でも事情は同じです。
しかし、違った認識をしている専門家もいます。まるで東洋医学が科学を否定しているような態度を取っている者がいるのも事実です。非科学的なものを、すべて東洋医学の箱に押し込めてしまう行為は、「東洋医学」という言葉を都合よく利用しているだけです。

もし、東洋医学が科学と縁がないと考えていたらすぐに考えを改めなければなりません。東洋医学も、科学的探求心から生まれたものです。西洋人とはアプローチの仕方が異なるだけで、普遍的な法則を追究しています。隠れている真理を探そうという姿勢が大事です。
東洋医学は決して幻想世界ではありません。仮説を立て実証していく姿勢がなければ、自分の空想の中に相手(患者さん)を押し込める行為となってしまいます。イメージを持つことは大事ですが、イメージが病気や怪我を治すと考えてしまうと、呪術者(シャーマン)との区別が難しくなります。シャーマンの役割は否定しませんが、医療者とはっきり区別しておくべきです。

<つづく…4>
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