いきなり誤解されそうなタイトルをつけてしまいました。「経絡治療が最強」と書くと、経絡治療が他の鍼灸よりも優れていると言っているように聞こえるでしょう。
そういう意味ではありません。治療法の優劣を比較したいわけでもありません。私が「最強」だと思っているのは、名前です。
経絡治療。
ズルいほど強いです。なぜなら「経絡」は、鍼灸医学の一丁目一番地にある言葉だからです。
「経絡」は誰のもの?
鍼灸師なら経絡を知らない人はいません。肺経、大腸経、胃経、脾経……。鍼灸学校に入れば早い段階で習います。ツボを覚えるときにも、経絡の上にツボが並んでいるものとして学びます。ですから「経絡」は、特定の治療法だけが使う特殊な理論ではありません。
ところが、日本には「経絡治療」という治療体系があります。「経絡を使った治療」という一般名詞のように聞こえますが、実際には固有名詞です。
ここで、ちょっと不思議なことが起こります。経絡治療をしている鍼灸師は、経絡を重視しているということはわかります。では、経絡治療をしていない鍼灸師はどうなのでしょうか。
経絡を重視していないような感じがしてきませんか?
そんなことはありません。経絡治療とは違う方法で経絡を利用している鍼灸師はいくらでもいます。経脈の走行を参考にする人もいれば、経絡上の離れたツボを使う人もいます。
それでも「経絡治療」という名前があまりにも強いので、
経絡を使う=経絡治療
経絡治療以外=経絡を使わない
という錯覚が起こりやすいのです。
では、どうしてこんなに強い名前が生まれたのでしょうか。少し歴史を遡ってみます。
「古典に還れ」
経絡治療が成立したのは、古代中国ではありません。昭和初期の日本です。
当時の日本鍼灸には、西洋医学の影響を受け、痛いところや病変部を中心に治療する方向がありました。これに対して柳谷素霊らが唱えたことで知られるのが、「古典に還れ」です。
『黄帝内経』や『難経』などに立ち返り、鍼灸独自の医学をもう一度見直そうとしたわけです。
ここで私は「古典を復活させた」とだけ考えない方がよいと思っています。古典に書いてある治療法を、そのまま発掘して再現したわけではないからです。
古典を読む。そこから使える考え方を拾う。診断法をつくる。治療法と結びつける。そして一つの臨床体系にする。つまり、古典を材料にして、近代日本の鍼灸を再構築しようとしたと考えた方が実態に近いと思います。
最初は「経絡治療」ではなかった
ここで面白い話があります。成立初期から「経絡治療」という名前だったわけではありません。戦前の資料を調査した研究によれば、「古典的治療」「経絡的治療」といった呼称が使われた時期があり、1941年ごろから「経絡治療」という名称が確認されるようになります。
「おや?」って思いませんか?
「経絡的治療」と呼ばれていたことがあるのです。「的」という文字が入っています。。経絡を重視した治療。経絡を利用した治療。そんな響きがあります。ところが、最終的に残ったのは「経絡治療」。
「的」がいなくなりました。
たった一文字ですが、私は印象がかなり違うと思います。「経絡的治療」であれば、数ある経絡を利用した治療の一つに聞こえます。しかし「経絡治療」となると、まるで経絡を使う治療そのものを表しているように聞こえます。
もちろん、当時の人たちが他の鍼灸から「経絡」という言葉を奪おうとした、と言いたいわけではありません。結果として、この名前がものすごく強かったのです。
なぜ脈を診るのか
経絡治療といえば脈診です。左右の手首に三本ずつ指を置いて脈を診ます。これを「六部定位脈診」と呼びます。
いかにも古典にそのまま書いてありそうな名前ですが、「六部定位脈診」という名称が確認されるのは昭和になってからです。現在確認されている初出は、1942年に岡部素道が発表した文章とされています。
もちろん、寸・関・尺で脈を診ることや、脈を臓腑と関係づける考え方そのものが昭和に突然生まれたわけではありません。材料は古典にあります。しかし、それらを組み合わせ「六部定位脈診」という一つの診断体系として名前を与えたのは近代日本です。
なぜ経絡治療がこれほど脈診を重視したのか。ここには経絡というものの性質が関係しているように思います。以前の記事でも取り上げましたが、『霊枢・経脈篇』には、
經脈者、常不可見也
経脈は常には見ることができない。
とあります。
では、見えない経脈の状態をどうやって知るのでしょうか。古典には寸口と人迎を比較したり、身体の複数箇所で脈を診たりする方法があります。つまり、直接見ることのできないものを、身体表面に現れる拍動から推測するという発想です。このあたりの話は前回の記事で書きました。
経絡治療は、その古典医学の中にある「脈を診る」という発想を、治療体系の中心に据えました。脈を診て経絡の虚実を判断する。そして、その診断を治療へつなげます。
診断したあと、どうするのか
ここで問題が出てきます。脈を診て「この経が虚している」と判断できたとしましょう。それだけでは治療になりません。
では、どこに鍼をするのか。
ここで非常に使いやすいルールが古典にありました。『難経』六十九難です。
虚者補其母、実者瀉其子
虚するものはその母を補い、実するものはその子を瀉す。
五行の母子関係を利用した治療原則です。これを利用すると、
脈を診る → 経絡の虚実を判断する → 証を決める → 母子関係から治療するツボを決める
という流れをつくることができます。診断と治療がつながります。診断と治療が直結することは臨床体系として魅力があります。実際、私はこの魅力に惹かれて鍼灸学生のときは勉強会に通っていました。
経絡治療が『難経』六十九難を重要視した理由の一つは、わかりやすさにあったのではないかと私は考えています。診断した結果を、そのまま選穴へつなげることができることは、治療体系をつくるうえで、非常に相性のよいルールだったのです。
「本治法」と「標治法」
そして経絡治療には、もう一つ強い言葉があります。
本治法と標治法です。
「標」と「本」という考え方そのものは古典にあります。ですから、経絡治療をつくった人たちが「標」と「本」を発明したわけではありません。しかし、本治法・標治法という二つの治療カテゴリーが、その名称と意味のまま古典に書いてあるわけでもありません。
戦前の資料を調査した研究では、経絡治療が形づくられていった1940年代前半に、「本治」と「標治」の定義が整備されていったことが確認されています。
ここでも同じことが起きています。
古典にある材料を拾う。
意味を整理する。
治療体系の中で役割を与える。
そして、名前をつける。
言葉をつくると技術が残る
経絡治療をつくった人たちは、治療法だけをつくったのではありません。治療法を説明する言葉をつくりました。
経絡治療
六部定位脈診
本治法
標治法
経絡虚実証
基本証
もちろん、すべての言葉をゼロから発明したという意味ではありません。古典にある言葉もあります。既に存在していた概念もあります。重要なのは、それらを一つの治療体系の中で使える言葉にしたことです。
言葉がなければ、技術を説明するのは大変です。名前がつけば、教えることができます。覚えることができます。議論することができます。そして、次の世代へ渡すことができます。
これは治療技術を残すうえで、とても大切なことです。
「本治」という言葉も強い
私は「本治法」という名前も、かなり強いと思っています。
「本」を治す。
そう言われたら、何となく根本から治してくれそうに聞こえます。一方が「本治法」で、もう一方が「標治法」。知らない人が聞けば、本治法の方が本質的な治療なのではないかと思ってしまっても不思議ではありません。
ここでも、名前が理論の印象をつくっています。もちろん「本治法」という名前をつけた人が、そのような印象操作を狙ったと言いたいわけではありません。
言いたいのは逆です。よくできた専門用語は、それだけ強いということです。
「経絡」という言葉を使った強さ
ここで最初の話に戻ります。
経絡治療
やはり、この名前は強いです。もし「柳谷式治療」とか「昭和古典鍼法」という名前だったら、現在の印象はずいぶん違っていたでしょう。しかし選ばれた言葉は「経絡」でした。
鍼灸師なら誰もが知っている。古典鍼灸の中心にある。学校でも習う。ツボとも切り離せない。そんな言葉が、そのまま一つの治療体系の名前になりました。
その結果、
経絡治療をする人=経絡を使う人
というイメージができました。裏返せば、
経絡治療をしない人=経絡を使っていない人
のように見えてしまうことがあります。でも、それは違います。経絡は経絡治療だけのものではありません。
経絡治療は古典そのものではない
ここも大切なので書いておきます。経絡治療は古典を非常に大切にしています。しかし、「経絡治療=古典そのもの」ではありません。
『黄帝内経』や『難経』の中に、「経絡治療」という完成した治療法が入っていて、それを昭和の鍼灸師が掘り出したわけではありません。
古典の中から材料を拾い、取捨選択し、組み合わせ、臨床で使えるように整理し、名前を与えた。その結果としてできたのが、近代日本の経絡治療という一つの体系です。
私はここを区別することが、経絡治療を否定することになるとは思いません。むしろ逆です。そこに経絡治療をつくった人たちの仕事があります。
だから「最強」
ようやくタイトルに戻ります。
私が「経絡治療が最強である」と書いたのは、治療効果を比較して一番だと言いたいからではありません。
昭和の鍼灸師たちは、古典を読み直しました。そこから診断法をつくりました。治療原則を整理しました。臨床体系をつくりました。そして、それらを後世に伝えるための言葉まで整えました。その中でも最大のヒット作が「経絡治療」という名前だったのではないでしょうか。
最初は「経絡的治療」と呼ばれていたものから「的」が取れ、経絡治療になった。たった一文字です。でも、その一文字が取れたことで、経絡を使った一つの治療法から、まるで「経絡を使う治療の代表」のような名前になりました。
その名前は80年以上経った今も使われています。そして私たちは「経絡治療」と聞けば、一つの治療体系をすぐに思い浮かべます。ここまで名前と体系を定着させたこと自体、すごいことです。ただ、一つだけ忘れないようにしたいと思います。
経絡は、経絡治療だけのものではありません。
経絡治療とは違う方向で「経絡」について学んでもよいのです。違う診断法を使ってもよいのです。違うツボの選び方をしてもよいのです。経絡は、特定の流派が所有するものではないからです。
経絡は、鍼灸師みんなのものです。
だからこそ、そのど真ん中にある言葉を自分たちの名前にした「経絡治療」は、やっぱり最強なのです。
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