技術論_05「マシな技術ですみません」

マーケティング論_01「タブーへの挑戦」
マーケティング論_02「囲い込むのは誰のため?」
マーケティング論_03「コンサルタントが知らないこと」
マーケティング論_04「コンサルタントだけがわかること」
技術論_01「心配事が関心事に変わる時」
技術論_02「人間性という名の技術」
技術論_03「患者さんを選ぶ」
技術論_04「技術を選ぶ」

最高の技術を持つ鍼灸師は存在しない。

と言えるのは、

技術をランキングするのが難しいからです。

手先の器用さや知識量は何らの方法でランキングできるかもしれませんが…、即、医療的な評価には直結しません(器用であることや知識が必要ないって意味ではありません)。客観性を伴う「最高」というのは…、ありえないのです。

でも、ですね。

鍼灸師一人一人に位置づけられている「最高」はあります。「あれ最高だなー!!!」って凄味を感じる鍼灸師の技ってあります(時には歴史上の名医が対象になることもあります)。この「最高」は個人の感想であって、平たく言えば「あこがれ」です。

ほとんどの鍼灸師には「あこがれの技術」があり、自分自身の技術と照らし合わせて、自己採点をしているのではないかと思います。そして、最高を目指す!私もあこがれる技術があります。

では、患者さんの最高とは…。

自分の体験から考えてみます。私は中学生の時にある病気で数ヶ月の入院生活を送りました。この時の記憶をたどると、「最高の医療を受けたい」という欲求はなかったように思います。治るか治らないか…という先の見えない状況にあったこの時期、医療の優劣を考える余裕はなかったです。

「最高であるか」というより、「これで妥当なのか」と考えていたと思います。病気になって、自分の意志と関係なく事は進むものです。突然のことに計画など存在せず、私の目からみれば、行きあたりばったりで治療が進んでいくのです。

放課後、体に異変を感じ担任の教師にその旨を伝えたのが始まり。母親が迎えに来て、その足で病院。そのまま入院。あっという間でした。言われるままに検査を受け、薬を飲み…。

自らの経験から考えると、「患者」という立場では選択の幅が狭く感じます(なかったりします)。その時に置かれている立場から、ベターを目指すしかありません。ですから、すべての患者さんが最高を求めてはいないのだろうと思います。

鍼灸院の患者さんはどうでしょうか。

私のところにやってくる患者さんは、通える、予約が取れる、などの条件を満たすから、やってくるわけです。消去法だったりするのが現実だと思います。「マシ」という理由で選ばれているのかもしれません。

「鍼灸が効くという人がいるけれど、探してみると行きたいところがないなぁ。うーん、ここが一番マシだなぁ…(仕方ない)」というケース、少なくないと思います。だから、消去法で消されないように努力することが私の仕事です。

「上には上がある」

自分が上でないことを確認する作業。これが勉強だと思います。本を読んだり、技術を観たり、時には受けてみたりすると打ちのめされます。自分のやっていることが小さく低レベルであることに気がづくのです。同時に、患者さんに申し訳ないと思います。

実力以上の結果が出たときは、素直に喜んでいます。

つづく

人気ブログランキングに投票
人気ブログランキングに投票

コメント

  1. ダークホース より:

    こんばんは!クリ助さん。眠れぬ夜には、おじゃましてます。
    誰が言ったのか、忘れてしまいましたが…
    「どんなに、知識、技術があろうと、かなわない手が有る。。それは、子供にとっての母親の手」と言う言葉が、私の中にあります。
    じゃ、大人にとっては?って悩んでます。クリ助さんどーでしょう?

  2. クリ助 より:

    >ダークホースさん
    私の夜はこれから始まります(笑)
    「母親の手」というのは究極でしょうね。小児鍼が得意な鍼灸師がどこかに書いていたような覚えがあります。大人にとっても「母親の手」が究極だとマザコンになるのでしょうか…。
    大人にとっての究極の手・・・う~ん、「母親を思い出すような手」ですかねー。やっぱりマザコン説!?
    まともに答えられませんでしたので、他の方にご意見を待つことにします。

  3. でくの坊 より:

    栗原先生、こんばんわ。
    患者からの視点ですが、はっきり言って鍼灸って全くわからない世界でした。ですが、せっぱ詰まり必死でたどり着くのも鍼灸。そして不安たらたらで門をくぐる。患者からしたら技術云々より、まず先生の対応の仕方を見ていると思います(個人的意見ですが)自分はカルテを取ると行った時、鍼灸でもこういったことするんだ!と驚いたのを覚えてます。マッサージの延長と考えていたもので(すみません)さらに栗原先生の絶対治しますよオーラがバンバン出ているのが患者に伝わるんですよね(笑)最初は鍼灸を信じるより、失礼な言い方ですが、この先生に賭けてみようと思い通い始めた訳です。今では何回も施術をして頂いてますので、鍼灸と先生の両方を信じ切ってます。やはり人と人ですよね。いくら技術があってもロボットみたいな人や妙に天狗になった人は、ちょいとって感じがしてしまいます。自信満々と天狗は似て非なるものですから。栗原先生は後者です。毎回、考えながら施術してくださり、患者からしてみれば、かなり支えになっております。

  4. でくの坊 より:

    間違えた…汗
    栗原先生は天狗じゃなくて自信満々でした…滝汗
    やばい、熱い灸を据えられてしまう(笑)大変失礼しました。皆さん栗原先生は努力の人ですからね~

  5. クリ助 より:

    >でぐの坊さん
    患者さん視点のコメントありがとうございます。私自身もそうでしたが、鍼灸との出会いは「せっぱ詰まって必死でたどり着く」という状況でした。
    「対応の仕方を見る」というご意見、とても貴重です。カルテを取るのは私にとって当たり前ですが、カルテを取らない鍼灸院もたくさんあると思います(それがダメという意味ではなく)。
    もし、鍼灸におけるカルテが、仮に意義が軽いとしても、患者さんへの対応としてプラスになる(安心感を与える)のであれば重要ななことですね。
    鍼灸、そして私のことも信じていただけていることに感謝です。私もまた、「患者さんには治る力がある」と信じています。だから、自信をもって鍼灸ができます。

タイトルとURLをコピーしました