マーケティング論_01「タブーへの挑戦」
マーケティング論_02「囲い込むのは誰のため?」
マーケティング論_03「コンサルタントが知らないこと」
マーケティング論_04「コンサルタントだけがわかること」
技術論_01「心配事が関心事に変わる時」
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■技術とキャラの不思議な関係
「治療家は技術だけではなく人間性が大事」とよく言われる気がします。技術の他にも人間性が大事なんだなぁ、と私は漠然と理解していましたが、きちんと考えておきたいと思います。
まず、技術と人間性の関係について。
このブログでも頻繁に登場する活法(かっぽう)ですが、この活法を学ぶ中で、仲間の一人がどんどん変わっていくのです。雰囲気が最初と最後で違っていました。特に、話し方がまるで違うのです。その変貌ぶりは仲間内で伝説になっています。活法では、患者さんに口で動作を指示することが多いため、その影響だと思います。
活法に限った話ではありません。鍼灸の勉強会やセミナーでも、学派や流派によって参加者の雰囲気が違うように感じます。やはり、技術とキャラは連動していると考えます。もちろん、同じ趣向の人が集まるという傾向はあると思いますが、技術が人間の雰囲気を変えるという要素は確実にあります。
私自身もキャラが変化していると思います。根本的な人間の癖は変わっていないとしても、患者さんに見せる顔は違ってきていると思います。患者さんに見せる「顔」が患者さんが受け取る「人間性」だと思うのです。人間まるごと患者さんに見せる必要はないと思います。そう考えないと、プライベートまで患者さんに捧げなければならないからです。家族と過ごす時は、夫の顔、父の顔、時には息子、でよいと思っています。
2つの人間性
(広義)人間としての癖
(狭義)施術者としての顔
では、施術者として磨くべき人間性とは何か…。
自分なりの答えを用意しておこうと思います。
私なりに出した答えが、「患者さんの視点で考える能力」です。患者さんが求めるのは、これであり、これが施術者の人間性として患者さんの目に映るのではないかと。
「患者さんの視点で考える」ことは、簡単なことではありません。心構えだけで達成できるものではないと私は考えています。鍛えることによって伸ばす能力だと思います。
私はブログを書くことをトレーニングとしています。
(こんなによい方法はないと思っています)
「患者さんに読まれても大丈夫」というのが、ブログ記事の大前提です。患者さんが読んで不快になれば、私の鍼灸院に患者さんはやってきません。ですから、ブログを書く時は、いつも緊張感に包まれています。だったら、こういう裏事情的な記事を書かなければいいわけですが…、それでは刺激が足りません(笑)
■「人間性」を具体的なスキルに
「上手になりたい」と思うだけで技術が上達しないように、「患者さんの視点で考える」ことも、思うだけでは無理です。その証拠は私の履歴の中にあります。「患者さんのために」と思ってやったことを幾度となく空回りさせてきました。そんなに甘くないです。今だって悩んでいます。
「治したい」と思うだけで患者さんの役立つことはできません。「患者さんために」と思うことは、ただの妄想です。患者さんのために「人間性を磨く」なら、患者さんのためになる具体的スキルにまで話を落とし込んでおく必要があります。
具体的スキルを磨くには、「対象」を絞り込む必要があると思います。相手が変われば必要なスキルも変わると考えているからです。
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■年齢は?
女性、男性
高齢者、若年者
■地域は?
近所、遠方
■症状は?
腰痛や肩こりのみ
婦人科疾患
皮膚疾患
難治性疾患
精神疾患
スポーツ障害
美容
…
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たとえば、歩いて通院できる高齢者と、クルマや電車で通院するOLでは、喜ばれるものが違うはずです(共通項はあるにしても)。もっと極端に言えば、ここは群馬県ですから、沖縄県の人に喜んでいただく鍼灸院に育てることは無理です。
誰にでも喜ばれる鍼灸院というのは、現実的に不可能です。
○○な人には喜ばれなくても仕方ないと割り切る勇気、大事だと思います。
(つづく)


コメント
私なりに出した答えが、「患者さんの視点で考える能力」です。患者さんが求めるのは、これであり、これが施術者の人間性として患者さんの目に映るのではないかと。←いったい何のために?誰のために?まやかしで無い治療を行う上で、どうしても必要な視点だと思えません。鍼灸学生です。クリ助さんの書込みは、サラリーマン時代から拝見し、私が今鍼灸学生です。言葉で綴るページには限界があり、数多の人間に真意を伝えるのは不可能だと思いますが、患者の視点っていったいなんですか?痛みを和らげて欲しい、話を聞いて欲しい、、痛い鍼は嫌い、いったいどこに応えると、いい患者に喜ばれる結果になるんでしょうか。それですら、誰のために?医療を深く考えるようになりました。やっと、、。2年生です。
>よつさん
ご意見ありがとうございます!おっしゃる通り、まやかし無い治療であれば、私のような雑念は必要ないと思います。ただ、まやかしが無くても医療というのは、常に満足な結果に終わるとは限らない…。ですから、医療者として(患者さんの視点で考えることにより)患者さんの気持ちを済えないだろうか、という視点が必要なのではと思っています。
たとえばの話で、入院中の患者さん。症状が安定しているので経過観察しておくだけでよいと医学的に判断されたとします。医師の回診が必要ないとしても、「どうですか?」と一声かけにくるドクターと、放っておくドクター、どっちに患者さんは診て欲しいと思うだろうか…、って考えてみます。医療の合理性が必ずしも、患者さんにベストだとは限らないこともあるように思います。
患者さんのためですが、「情けは人の為ならず」ということわざがあるように、巡って私自身のためになると思います。このプラスα(お金では計れないもの)が、この仕事の醍醐味だと思っています。プレスレス。
クリ助さんどうも!
関係ないかもしれませんが、自分が思っている“自分がどのような人間として観られているのか?”と、実際に“他人から映っている自分”には往々して隔たりがありますね。
私自身も実際に患者さん達に「どんな人間だったら信頼できる?身体を任せようと思える?」ってアンケートを取ったことがあります。(苦笑)
悩んでいるんだったら、聴いてしまえ!という感じでしたが、今では宝物です。
これも一つの患者さんの視点で考えるということなのでしょうか?
>もりたさん
そうそう、自分が思っている自分と患者さんの目に映る自分の間には、ギャップがあるでしょうね。私も例外なくそうでしょう。私のほうこそ関係ない話で恐縮ですが、ブログの雰囲気と会ってみた雰囲気が違う、と同業者にも言われたことがあります。
もりたさんのアンケートは、提唱させていただいた「患者さんの視点で考える能力」を高める工夫として、具体的な方策ですね。それにしても思い切ったアンケートですね。私ならそのギャップに立ち直れなくなるかも(笑)
>私自身も実際に患者さん達に「どんな人間だったら信頼できる?身体を任せようと思える?」ってアンケートを取ったことがあります。(苦笑)
悩んでいるんだったら、聴いてしまえ!という感じでしたが、今では宝物です。
これも一つの患者さんの視点で考えるということなのでしょうか?
ある程度重い症状の患者さんであれば尚の事ですが、そのアンケートに応えること事態が苦痛だという事に気づきませんか?(施術者視点でのアンケートでは?)
それをしている時点で患者さんの視点で考えていないと思うのですが(苦笑)
ただ、何かをやろうとしたことは評価されることだと思いますが。この鍼灸師様達にみられる、特有の思考の癖は非常に危惧を覚える部分があります。
> to 森田さま(名無しさん)
コメントしてくださったもりたさんに代わり(もりたさんに答える義務はないので)、私がコメントをお返しいたします。
貴重なご意見ありがとうございます。あたな様が考える「特有の思考の癖」が何であるか、未だに気づくことができないままです(以前にもこのブログにコメント頂いたと思います)。
わかりやすく「特有の思考の癖」を教えていただけると助かります。また、それがもたらす社会的不利益についてご教授いただけないでしょうか。
厚かましいのを承知でお願いがあります。患者さんの視点で考えるとはどういうことなのか、ということも教えていただけませんか。具体的な事例など書いていただけたら、すぐに役に立てられると思います。
もし、ご無理であればそっと見守っいただけないでしょうか。
質問に対して違う方から、質問で返されても・・・。
患者の立場でやってきて、「どんな人間だったら信頼できる?身体を任せようと思える?」というアンケートをとられた方達が、私の考えでは気の毒だなと率直に思った次第です。
クリ助さんはそう感じられないのですか?
学校に勉強教わりに行ったら、教師から「どんな教え方したら、信頼できる?任せようと思える?」と言われているのと同義な感じがしました。
その時点で・・・・・・・。ちなみに今でも宝物にされているとのことなので、それを参考にさせて頂きたいですが・・・。
>患者さんの視点で考えるとはどういうことなのか
そこに正解を求めようとすること事態がナンセンスではないでしょうか?そこに正解があると考えることは術者のおごりではないでしょうか?最初の方のコメントと近い意見かもしれませんが。。
思考の癖は人から指摘されて治るものではないと思いますので、、、
(もっとも、私が感じるところはありますが)
ただ、お邪魔なようなのでもはや参加しませんので。失礼しました。
>to森田さま
必ずしも正解でないとわかりつつ、正解を探し続ける、私の医療者としての立場です。
正解を求めようとしない医療者は単なる怠慢としか思えません。
また、現場(もりたさんの治療院)をみてもいない状態で、もりたさんの患者さんを気の毒と評価することは誰にもできないと思います。
私がこのコメントでしたいのは、もりたさんのフォローです。現場で試行錯誤する医療者の批判はするものではないと思います。
私を批判するのはかまいませんが、コメントする方の批判は許しません。
まず、「医療者の批判」ではないという事をお伝えしておきます。
私がしているのは、「疑問」です。医学、科学、社会学では「疑問」から進歩がありますが、それを排除してしまっては進歩も改善も望めなくなるのではないでしょうか?
そして、それはクリ助さんのいう「患者視点で考える」という事につながらなくなるのではないでしょうか?
「患者さん視点で考える」という事に関しては、患者さんとは育ってきた環境も立場も違うので、「これはしてはいけない」という消去法から私は思考しています。
方法は違えど、求める出口は同じだと思います。だから、時間を割いてコメントをしております。
>もりたさんのフォローです。
大変お優しい方だと思います。ただ、もりた様も国家資格者であり施術者であるのだから、まずもりた様の意見を待ってみてはどうだったのでしょう?
その現場を直接見ていないのですから、なおさらまずご本人から状況をお伺いしたかったと思うのですが、どうだったのでしょう?
仮にフォローするとしたらその後の話なのではないでしょうか?
それすら否というのなら、何も申し上げることはございません。どうも長々と失礼いたしました。
クリ助さんこんばんは。
このたびは、尊敬するクリ助さんのブログでの私の軽率な発言から、このような展開になってしまい、大変申し訳なく思っております。
本来であれば、自分自身のフィールドで発言すべき誤解を招きやすい内容であったと深く反省しております。また、全ての状況を鑑み、この場で私の主張や状況を披歴することは好ましく思いませんので、その辺をご理解いただだければと存じます。
この場を借りて、クリ助さん、“森田さま”さん、いつもブログを観ておられる皆様にお詫び申し上げます。
今後は、自分自身の発する言葉に気をつけていきたいと思います。
ただただ反省しております。それでは何卒よろしくお願いいたします。
> to森田さまさん
コメントの意図を読み取るのが下手なもので…、申し訳ありません。大変失礼致しました。
> もりたさん
もりたさんが謝罪する必要は全くございません。むしろ、私の記事やコメントに私の配慮が足りないことが問題なのです。もりたさんにもご迷惑をおかけしてしまいました。もりたさんのコメントも含めて『ツボ日記』なのですから、またコメントください!!!
素晴らしい(^O^)/。誰にでも喜ばれる治療院でなくて良い。(泣)そんな考えもありですね。活法、機会があれば是非勉強したいです♪───O(≧∇≦)O────♪