技術論_06「捨てられた技術にヒントあり」

マーケティング論_01「タブーへの挑戦」
マーケティング論_02「囲い込むのは誰のため?」
マーケティング論_03「コンサルタントが知らないこと」
マーケティング論_04「コンサルタントだけがわかること」
技術論_01「心配事が関心事に変わる時」
技術論_02「人間性という名の技術」
技術論_03「患者さんを選ぶ」
技術論_04「技術を選ぶ」
技術論_05「マシな技術ですみません」

新しい技術を学ぼうとするとき問題が発生することがあります。それは、既存の技術と矛盾する場合です。理論が矛盾し、どちらが正しいのか決着がつかないことが起こります。どちらも正しいと言うためには、整合性を勝ち取る必要があります。たとえば場合分けなどによって。Aの条件の時はXが正しく、Bの条件の時はYが正しいと。

技術のXとYは、自分で選んだ組み合わせですから、整合性は得る面倒は誰もみてくれません整合性が得られなければ、XとYのどちらかを捨てる場合があります。

私が考える合理的な歩み方は、既存の技術がXだとすると、これに対して矛盾しない技術をYとしていくことです。既存の技術と相性がよいと思う技術を探すということです。

医学には、東洋医学、西洋医学という切り口があります。東西融合を目指すという道もありますが、融合というのは茨の道だと私は思います。少なくとも私には難しく力が及びません。

東洋医学を西洋医学で説明しようとする努力はできます。ただ、これは西洋医学の視点から東洋医学との共通点を探すだけですから融合とは言えません。また、それぞれのよいと思うところをその場に応じて使い分けるというのもありますが、使い分けであって融合とは言えないと思います。

こういうふうに表現した方がわかりやすいかもしれません。

 A 東洋医学×西洋医学(融合) 
 B 東洋医学+西洋医学(加算)
 

現実的なのはBです。ただし、理論が矛盾した場合、

 東洋医学ー西洋医学 or 西洋医学-東洋医学 (減算)

ということが起こるかもしれません。学べば学ぶほど技量が上がっていくかというと、そうではありません。時にはマイナスに作用することもあるのです。鍼灸に限らず、新しい技術を学んだら調子がおかしくなった、なんて経験ありませんか?

東洋医学も広いので、東洋医学でも学派の相性で、融合、加算、減算を考えなければなりません。東洋医学の学派や流派の多さに混乱してしまうのですが、多様性こそが最大の魅力とも言えるので仕方ありません。

ですから、

多くを知れば技術も上がる、というほど単純ではありません。「ツボをたくさん知っている鍼灸師の方が腕がある」と思われている事がありますが、知っているツボの数にはほとんど差がないと思います。噂によると、国家試験当日の朝食前がピークだとか…。

一般的にも、知識と技量はいつも比例するとは限らないと思います。だから、私のように知識が浅く、勉強時間も確保していない者でもやっていけるのでしょう。

デキル鍼灸師に出会った時には、何を知っているか、と同時に、何を知らないのか、という観点で探ったりすることがあります。捨てられた技術があるならば、その理由を知ることでデキル理由に近づける場合があります。

たとえば、カルテを取らない鍼灸師、脈を診ない鍼灸師。あえて「していない」のなら、その理由には意味があります。やっていることの説明はしてくれても、やっていないことの説明はしてくれませんから、意識するようにしています。

こうやって、自分のことを書いていると、私が相当なひねくれ者であることがわかります。もっと素直に生きた方がよいのでしょうか(笑)

つづく

人気ブログランキングに投票
人気ブログランキングに投票

コメント

タイトルとURLをコピーしました