マーケティング論_01「タブーへの挑戦」
マーケティング論_02「囲い込むのは誰のため?」
マーケティング論_03「コンサルタントが知らないこと」
マーケティング論_04「コンサルタントだけがわかること」
技術論_01「心配事が関心事に変わる時」
技術論_02「人間性という名の技術」
技術論_03「患者さんを選ぶ」
技術論_04「技術を選ぶ」
技術論_05「マシな技術ですみません」
技術論_06「捨てられた技術にヒントあり」
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大げさなタイトルを付けすぎたと思います。
技術の習得にはお金がかかるという話です。鍼灸師になるためには最低3年かかります。3年間の学費は必ず用意しなければなりません。親に出してもらう場合、親に借りる場合、親以外の誰かに借りる場合、自分で稼いで用意する場合、いろいろなケースがあると思います。
鍼灸師を目指す人の年齢、環境、経済事情は実に様々です。
■専門学校は教育?投資?
専門学校の学費を教育費とみるか、投資とみるか、感覚もそれぞれだと思います。私の感覚は教育費でした。「専門学校で教育を受けている」という感覚で学生時代を過ごしました。社会を経験せずに鍼灸学校に入ったからためか、投資という感覚はあまりなかったように思います。
投資というと、株式投資が頭に浮かんでしまう人がいるかもしれませが、一番身近にある投資が自分自身だと思います。
自己投資ですね。
教育と投資の違いは、具体的なリターンを計算するかどうか、と考え方があると思います。私は、教育感覚で鍼灸を勉強していましたから、リターンに対する意識が弱かったのです。
私なりに整理しました。
“教育”感覚で鍼灸学校入学 鍼灸師として生きるため
“投資”感覚で鍼灸学校入学 鍼灸で稼ぐため
学生時代を振り返ると反省すべきことがあります。教育を受けているという感覚でしたから、投資感覚のクラスメイトからすると、「あまい」とか「楽しみすぎ」と思われて不快感を与えていたと思います。
実際、将来設計はゆるかったですし、鍼灸や東洋医学に対して無邪気でした。お金はなかったのですが、鍼灸学校時代は楽しかったです♪
ところが、卒業と同時に無邪気ではいられなくなりました。将来を考えると緊張感が走り、本を買うにしても、勉強会に参加するにも、具体的な見返りを求めるようになったのです。具体的な見返りとはお金です。
■貧乏投資家
学生時代はお金に余裕はなく貧乏でした。鍼灸師になるとこの貧乏がますます進みました。電気も水道も止められました。鍼灸に関係のないバイトもしました。1時間くらいだったら電車は使わず歩きました(自転車ないので)。
鍼灸師になって、ほぼ一文無しな状態(正確に言えば、奨学金も返していないわけで資産はマイナス)でも、次の手を打たなければなりません。
こんな状況でも、こんな状況だから、投資が必要でした。
手助けをしてくれたのが、結婚する前の妻、クリ子です。大学生だったクリ子は、婚約をしているわけでもない私のためにお金を用意してくれました。彼女がアルバイトでためたお金です(クリ子とはアルバイト先で知り合ったのです)。用意してもらった数万円は大金です。
このお金をウェブサイトの運営に使いました。私が始めた出張鍼灸のウェブサイトに使ったのです。私にしてみれば、ウェブサイトへの投資ですが、クリ子にしてみれば、私に投資したも同然です。
私は、ウェブの力を信じ、クリ子は、私の力を信じ…。
裏切れたくなし、裏切れない。
患者さんが鍼灸院のウェブサイトを探すということは今では常識ですが、10年前は違っていました。「ウェブで患者さんが来るわけがない。高齢者はウェブを見ないのだから。」と色々な人に言われました。やさしい言葉で「馬鹿だな」って言われてたのです。
でも、私は馬鹿を通しました。そもそも、私が鍼灸を受けてほしいと思う年代は20~30代でしたし、この世代の人にウェブが爆発的に普及すると信じていたのです。どのみち、チラシを作るお金もないわけですから、ウェブに絞り込むしかなかったのです。
結果、時代が私に味方をしてくれました。Yahoo!BBの赤いジャケットを着たお姉さんが頑張っていたおかげです(懐かしい光景)。ADSLから光へ。最近ではモバイルのデータ通信が常識に。
当時の彼女(=妻)のお金でウェブを整備した経験は、私にプロ意識を芽生えさせてくれたのだと思います。お金を出してくれた人のにお金が戻ってくるように使う、という意識が自然に生まれました。
趣味でやっているなら金銭的な見返りを求める必要はありません。でも、鍼灸院を経営するなら、お金を社会に投げて(自分が使う分だけ増やして)戻さなければなりません。それをまた社会に投げかけて…。
金銭的な見返りを求めることは、社会とキャッチボールをするという宣言です。教育感覚で過ごした学生時代は、速球や変化球に興味を持っていましたが、今は相手が受け取りやすいボールを意識しています。
■学生の特権
学生時代は、お気楽だったかもしれませんが、相手のことを考えなくてもよかったので、速球や変化球の研究ができたとも言えます。図書館には大変お世話になりました。
興味のあることに突っ走ったのが学生時代でした。
先週の話です。このブログの読者で鍼灸学校の学生の方が、関西方面から施術を受けに来てくださいました。大きなリュックを背負った彼はまるで旅人。研究熱心で好奇心が強いので、彼の将来が楽しみになりました。
彼から質問されました。
「学生時代に何を身につければよいのですか?」と。
私は、
「学生時代は何も身につけなくてよい」
と答えました。
彼は、学生時代はこのまま旅人をしているのがよいと思ったからです。旅をして技術を見て回るには、あまりお金はかかりません(学割のある勉強会も多い)。しかも、学生の身分だったら警戒されませんから、施術を受けに行っても技術を隠されることはないでしょう。
私は、彼に、
「学生時代は何を身につけたいのか決めるだけでよいのではないか」
と提案しました。
学生時代に投資先を決めておいた方がよい、という意味です。
投資先をじっくり考えられるのは、やはり学生時代だと思います。しがらみがありませんから。免許を取り、どこかの流派や学派に属してしまえば、他の流派を学ぶことは浮気を意味します。
タダで学べる場合はラッキーです。普通はお金がかかります。お金はどう使えば戻ってくるのか、こういう感覚は自分で身につけるしかありません。鍼灸学校では教えてくれませんから。


コメント
廃業した人たちの現実を教えてほしいなと思っております。できましたら、よろしくお願いします。
廃業した人たちの現実をできましたら、教えてほしいなと思っております。
よろしくお願い申し上げます。
>これから鍼灸師を目指す人間さん
廃業した人たちの現実は、それぞれですからお伝えするのが難しいですね…。転職、副業化、結婚、いろいろだと思います。
業界を去った人とは、どうしても縁が切れてしまうため、詳しいところがわかりません。お役に立てずすみません。