
本日、開業11年目です。11年前の4月13日にこの鍼灸院でオープニングのイベントを行いました。こんな日だからこそ浮かれず、現実に目を向け話を書きます。

■才能だけでは難しい現実
鍼灸に歴史があって、そこに書かれていることが崇高なものであっても、結局のところ現代人に受け入れられる鍼灸をしなければ、鍼灸で食べていくことはできません。
古典の世界観をそのまま現代に持ち込める鍼灸師はごく少数ではないでしょうか。そうした才能を持つ鍼灸師は1%にも満たないと思います。
保険が使えない鍼灸は患者さんの審判も厳しいものになります。保険診療にはない価値を提供できなければ必要とされません。保険が適応されないのは鍼灸師のせいではありませんが、何にせよ、こうした環境で鍼灸をやるわけですから、それ相応の覚悟が必要です。
今年も4,000人弱の新しい鍼灸師が誕生しました。このほとんどが鍼灸のみで生計を立てられないのが現実です(初めから望んでない者もいるでしょうが)。
私は開業して11年です。しぶとく生き残っている残党組です。この立場から書かせていただくと、医業の才能だけでは生き残れない現実があります。患者さんの理解を得る努力が必要です。医師のように約束された地位は用意されていません。
免許を取った鍼灸師に襲いかかるネガティブな現実。世間は鍼灸師に特別な目を向けてくれることはありません。開業してからの私は試行錯誤の連続でした。患者さんの理解を得ようとしてアレコレ行動し、ブレもしましたし、ズレたこともやってきました。1~2年は見当違いなことをしていたと思います。3年目くらいでようやく焦点が合ってきました。
■変化を見逃さない
私には、開業してから今に至るまで忘れずにやってきたことがあります。「施術をすればカラダは必ず変わる」という気持ちで施術の臨むことです。生きた人間に刺激をするわけですから、反応しないはずがありません。「鍼灸をしてもらったけれど、良くなったのかかわからない」という方がいても、カラダは変わっています。ただ、その変化に気づいていないだけです。
変化があっても、指摘されないと気がつかない場合がたくさんあります。鍼灸をすると脈の打ち方が変わるのは有名ですが、患者さん自身が脈の変化に気がつくことは不可能です。術者だけが分かって成立する状況は、術者を患者さんが信頼しきっている場合に限られます。
鍼灸師として生きる道は大きく分けて2つ。患者さんに変化をしっかり伝える方法を身につけるか、患者さんのカリスマとなるか。私は前者を選びました。前者こそ、才能に関わらず生き残れると考えたからです。
患者さん自身がカラダの変化に気がつけば鍼灸の価値は伝わる、という信念。これだけは曲げずにやってきました。最初の5年はこれだけでした。
■天才との出会い
開業して5年目に大きな転機が訪れました。
それは活法(かっぽう)との出会いです。それは運命なのか偶然なのか、ある才能との出会ってしまったのです。彼の技に衝撃を受け「この人は天才だ」と惚れ込んでしまいました。鍼灸の世界でも優れた学術を持つ先生はたくさんいますが、心を鷲づかみにされたのは初めてでした。

私の心を鷲づかみにした人物こそ、碓井誠先生。その天才っぷりは別の機会に書くとして、ここで言いたいことは、この出会いによって固定観念が外れたことです。それまでの「鍼灸はこうあらねばならない」というイメージを捨てることができたのです。
そのイメージの根源は初めて受けた鍼灸にあります。私が鍼灸師を目指すきっかけを作った鍼灸です。大切な大切な鍼灸です。しかし、その気持ちがイメージを勝手に膨らませて理想像を作り上げてしまったのです。これが知らず知らずのうちに、発想の足かせになっていたのです。
活法で身軽になったことを多くの仲間に伝えたくて、セミナー講師を積極的に行うようになりました。最初は手が震えるほど緊張しました。患者さん診る時とは別の種類の緊張です。今でも緊張はしますが、初対面の人と接する際の緊張のみです。11年が自信になりつつあります。
もちろん、11年くらいで偉そうなツラはできないことは承知しています。知識も経験も豊富で魅力的な施術とトークができる鍼灸師が私の上に数え切れないほどいらっしゃいます。そういう方と競いだしたらキリがありません。私にしかない11年の経験を凝縮して伝えるだけです。
そもそも、鍼灸は凝縮する技術だと思っています。ツボという点に、鍼の先端に、すべてを凝集させる技術です。そこに技術の差が生まれます。鍼灸師という職業の面白さの一つは、カラダの極点に出会えることだと思います。ツボ一つで、痛みが消えたり、動かない関節が動いたりする現象を見ると、この仕事から離れられません。
■想いの強さ
キレイゴトだと言われても、この11年間を支えてきたのは想いです。鍼灸学校時代から数えると16年もの間、鍼灸に携わっています。「やり続けたい」という気持ちがなかったら途中でやめていたでしょう。惰性で生き残れる世界ではありませんから。
この時代に求められているのは、想いの他に発信する能力だと思います。想いが自然に伝わることはありません。情熱だけで飯は食えません。誰かに届ける努力をしなければ妄想で終わってしまいます。私がブログを続けているのも妄想で終わらせないためです。書き続けていれば、想いがいつか誰かに届くだろう、そんな姿勢で臨んでいます。

個人の限界も感じています。だから、品川の鍼灸院はもう少し仲間を増やしていく予定です。そのためにも、想いは発信し続けていきます。想いを共有できる仲間を集めて、“仲間がいなければできないこと”をやりたいと思っています。
想いが続く限り!
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・鍼灸養気院(群馬県伊勢崎市)
・鍼灸ルーム品川カポス(東京都港区)
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コメント
はじめまして。
鍼灸で検索してたどり着きました。
実は、先週私は鍼灸師になる!
と心に決めたのですが…検索する程に観に行った専門学校で抱いた(言われた)夢のある話と違うのです(笑)
私は現在、高卒後の医療事務専門学校を出てから看護助手として11年程同じ職場しか知りません。
そして、看護助手の給料よりは遥かに収入が良いと思っていた鍼灸師という仕事…でしたが…
正直、奨学金を使って学校に行っても返せないのではないだろうか⁉︎と不安で仕方ないです。
鍼灸に憧れや希望が出来たのは、現在産婦人科勤務で、使用できる薬剤の制限がある妊婦さんを薬を使わずに痛みを楽に出来たら…や、更年期障害の方の不調を良く出来たらいいなあ…と思ったからです。
最初はカイロプラクティックを学ぼうとしていたのですが、やはり学校に行くならば国家資格が欲しいと思うようになりました。
私はもう32歳になります。
鍼灸師の現実の厳しさを知り始めてしまい、心がゆらいでいます…
長文になり申し訳ありません、何かアドバイス頂けましたら幸いです。
>りんさん
コメントありがとうございます。妊婦さんや更年期障害の方の治療やケアに鍼灸が役立つことは間違いなく、その着眼点は素晴らしいと思います(^-^)
私も鍼灸師に夢を抱いて、鍼灸師になった1人です。学校に通う前から鍼灸師が食べていくには厳しい世の中であると聞いていましたが、実際になってみて、それは本当でした。
もう10年以上前の話ですから、若干事情は違うと思います。厳しいと思う変化も、やりやすいと思う変化もあります。
どちらにせよ、医療という仕組みの中で(鍼灸師としての)仕事ができる鍼灸師が非常に少なく、社会からは民間療法(カイロ、整体、アロマ…)と同じように扱われます。それではいけないと思いながら、もがくことで精一杯(^_^;)
りんさんが、国家資格に特別な価値を求めているのであれば、本当に本当に高い買い物になります。
学費の他に、勉強に費やす時間、(勉学中に)収入を得る機会の損失。諸々を考えたら1000万円程度。これが国家免許の値段です。
カイロの民間資格のお値段はわかりませんが、桁が二桁違うと思います。
開業するのであれば、その先の資金も必要です。鍼灸師の待遇が良ければ、すぐに資金も貯まるでしょうが、そうした環境にいる鍼灸師は少ないです(×_×)
鍼灸師の仕事は、鍼灸師の中から選ばれた人だけができる仕事というのが現状です。偉そうにすみません。
どうしたら、社会から必要とされる鍼灸師になれるか、というところまでお考えになってからでも遅くないと思います。リターンは無限の可能性がありますが、リスクは、このコメントを参考に計算してください。
専門学校は、いくつも見て回った方がよいですよ。学校によって校風がかなり違うものです。免許を取るという目的だけで選ばない方がよいです。
厳しい現状を言われても、それでもリスクを背負ってやりたい人が、本当に鍼灸師に向いているのだと思います。いくら厳しくても必要とされる職業です。
鍼灸師だからできる社会貢献、鍼灸師だから得られる満足、というものをもう一度考えてみてはいかがでしょうか。