活法の時間2「カッポー、やばくね?」

<ここまでの話(関連記事)>
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1.上達の階段
2.第4の技術
3.手づかみで食べる
4.鍼灸師の脳
5.活法
6.活法の時間1「師匠の大事」
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前回の勉強会で、参加者の一人から出た言葉。

「カッポー、やばくね?」

この「やばくね」には肯定的な意味と否定的な意味がありますが、ここでは前者です。ついつい若者を真似てしまいたくなるほどハイな勉強会です。

それは、本当にヤバイからです。

別の参加者はこう言いました。

「活法を知らないまま死ねない」と。

それは、効果と結果を目の当たりにしているからです。

■現役だから感じるヤバさ

参加者4人全員が現役の治療家で、ほぼ毎日患者さんと接しています。経験があって患者さんの信頼を得ている人たちです(一応、私もそういうつもり)。

皆それぞれ、いろいろな講習会に参加して技術を磨いてきたメンバーです。そんなメンバー全員が「やばくね」や「知らないまま死ねない」という発言に共感したのです。

研究熱心な人ほど、この技術の魅力の虜になるでしょう。漠然と眺めていただけでは、一瞬にして起こる出来事を把握できず、ポカーンで終わってしまうかもしれません。一瞬に集約された技術はまさに芸術です。残念ながら、その全貌は明らかでありません。

名人の解剖は始まったばかりです・・・

■活法が必要な理由

「やばくね」発言のJ氏、実は鍼灸学校時代の同級生でもあるわけですが、きっと、このブログを読んでくれているでしょう。

そのJ氏からこんなふうに問われたことがあります。

「鍼灸だけでやっていけるのに、なぜ活法を勉強するの?」

ここにその答えを書きます。

「鍼灸を使う以前の技術」がほしいからです。

鍼灸は確かにスゴイのです。鍼灸も「やばくね?」と思うほど効く道具です。それほど優れた道具だけに、どうしても鍼灸に頼ってしまう傾向が生まれます。

道具を使いこなす技術も大事ですが、使いこなす手を育てることはもっと大事だと考えています。

■昔の鍼

古代の鍼を想像してみましょうか。

鍼の発祥は中国。近代になるまで、細くしなやかな鍼はありませんでした。古代の鍼は痛かったに違いありません。そんな痛い鍼がつながれてきたのは、鍼の効果が絶大なものだったからとしか考えられません。難しい鍼を使いこなす鍼医がいたことは歴史が物語っています。現代の鍼灸師は古代の使いこなせるでしょうか…。

さらに想像できることがあります。それは、鍼は「鍼でなければ!」といった限られた場面で使われていたであろう、ということです。鍼は切り札、といったところでしょうか。

舞台は日本。江戸時代になると、日本でも鍼灸が盛んになりました。同時に鍼も大きな進化を遂げました。細くてしなやかな日本独自の鍼が誕生したのです(現代ではこの日本の鍼が世界に普及しています)。

痛くないとはいえ、気軽さは現代に遠く及びません。当時、鍼は職人の手作りです。昔はこの職人のことを「鍼師」と言っていました。鍼を患者さんにするのは鍼医です。

鍼が曲がれば、まっすぐに直し、先が丸まれば研いでいました。鍼医は鍼と一緒に修理道具も持っていたと言います(今も持っている鍼灸師がいます)。

そう、鍼は高価でした。

だから、本当に必要な時だけ使われていたはずです。使い捨て鍼が標準になった現代、捨てているのは鍼だけではないかもしれません。

鍼発祥の中国、独自の発展を遂げた日本、どちらでも鍼灸を使う前の技術が重要だったことが想像できるのです。それは、核になる技術だと思えてなりません。

活法は武術の一側面なので、さかのぼっても鍼灸とは交わらないかもしれません。そもそも使う場面が少し違っていたでしょう(活法は鍛錬中の事故や戦の負傷から回復させるもの)。でも、当時の鍼医を再現することが目的ではないので、細かいところは気にしません。

ルーツはさておき、

活法に出会い「技術の核となり得る」と確信を得ました。そして、鍼灸(道具)でなければできないことは何か…と考えることが増えてきました。

■整体学校のこと?

活法について、「それって整体の学校のこと?」と思われるかもしれませんが、短期習得、即開業といったマッサージ系のものではありません。勉強中の活法は、とても短期で習得できる「深さ」ではありません。

クリ助自身の技術の将来像は、

徒手(素手)+鍼灸

という、足し算ではありません。

鍼をしていても、お灸をしていても、
活法はそこに存在しています。

次回は勉強会の様子でも(つづき
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コメント

  1. jackal より:

    >>捨てているのは鍼だけではないかもしれません
    なるほどね~。鍼をする前にできることがあるならば、逆に鍼で無ければできないことは何ぞやと導かれるわけですな。
    でも、そうなると活法の限界を見極めないとその答えは見つからないことになるね。
    活法は幅も広いし奥が深いから、道のりは長そうだね。

  2. クリ助 より:

    >jackalさん
    「鍼灸でしかできないこと」を答えられる鍼灸師になりたいですね。
    おっしゃる通り、道のりは長そうです。そして、面白い旅になりそうです。

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