昨日、妹から相談を受けました。
妹の夫(義弟)が、「鍼灸に行きたいけれど、どこに行けばよいかわからない」という話。
近くに住んでいれば私が施術できるのですが、かなり遠い。
数年前に1件知り合いの鍼灸院を紹介したこともあるのですが、遠くて通院が大変らしく、できれば近場で探したいという話でした。
鍼灸院はあちこちにあるらしいのですが、当てずっぽうに入るわけにもいかず、行きたいけれど行かない(我慢している)という状況が続いているらしいのです。
「ネットで検索してみたら」とアドバイスしても、「よくわからない」とのこと。
最終的なアドバイスは「5件くらい回ってみたら」となりました。アドバイスした方としても5件行くのは大変だとわかるのですが、それしか方法が見つからず…。
なんだかスッキリしないので、
義弟になったつもりで、鍼灸院を探してみました。
確かにどこがいいかわかりません・・・。
義弟は、学生時代にケガが鍼灸でよくなったという体験を持っているため、鍼灸の効果を体が知っています。それだけに鍼灸へ期待が高く、「なんとなく」程度の効果は求めていないのです。
そういう立場から見たとき、鍼灸院を絞り込むことができないのです。治したいと思っている症状のケアが得意かどうか、ウェブでは全くわからないのです。適応症状に書かれていたとしても、「診ることができる」だけなのか「任せろ!」という勢いがあるものなのかわかりません。
鍼灸院には広告制限があるため、整体院(民間資格)のように自由な表現が認められていません。だから、鍼灸師の立場からすれば仕方ないと思えるところもあるのです。でも、それで話を終わりにはできません。鍼灸師が現に目の前で機会を損失しているのですから。
広告制限はブログにもかかるのでしょうか・・・。
ここに書いていることは広告と見なされるのでしょうか。相手次第でどちらにも判断されています。でも、経験上はそんなに気にしなくても大丈夫と言えます(開業前の鍼灸師からよく広告制限について尋ねられます)。自分が取り組んでいるテクニックを紹介したり、研究中のことを書くことは広告とはみなされないようです。
だって、「ただの近況報告」ですからね。
大げさなこと(事実とは違うこと)を書かなければ大丈夫です。
ただ、問題は広告制限だけではないようです。専門用語の害です。中には、鍼灸師すら知らないテクニックが書かれている場合もあります。患者さんは意味が全くわからないであろう、と推測できます。勉強会に参加すると高度なテクニックを身につけることができます。師匠から秘技を授かることもあります。スゴイと書きたくなる気持ちはとてもわかります。でも、相手が知らない言葉だと何の意味もないどころか、混乱を招きます。
義弟になりきって鍼灸師を探したとき、治療法(流派)はどうでもいいと感じました。患者の立場では、自分の症状に対する答えがほしいからです。
その答えを上手に用意できる鍼灸師が社会から求められている、と言うことができると思います。高度な技術を持つ鍼灸師も、社会から理解されなければ技を発揮する機会がありません。
義弟の件で、鍼灸に大きな期待がよせられていること、でも鍼灸院を選びにくいという現実の両方を学ぶことができました。鍼灸のファンである患者さんのために、鍼灸師としてできることを考えていきたいです。
追記
最近、開業以来といえるほど多くの情報が流入しています。どうもインプットの時期にあるようです。情報が整理できてからアウトプットに入ろうと思っています。ブログの更新ペースが落ちている時はインプット中です。先日の中医学ネットワークで、このブログを読んでいるという学生さんから声をかけられました。そういうことがあるとブログやっていてよかったな、と思いますね。


コメント
>>鍼灸に行きたいけれど、どこに行けばよいかわからない
これ、先日大学時代の同期生と会って同じ話に
なりました。行きたいけれど、どこが良いか
分からないで悩んでいる人は多いんでしょうね。
潜在的な需要をみすみす潰しているわけで勿体無い
話です。
私も鍼灸で紹介できるのは目白か群馬か新横浜だけ
です(笑)。
患者の代理で鍼灸院を受療するエージェント業を
やろうかと思っています(嘘)。
鍼灸ミシュランガイドがあると良いですね。
>jackalさん
真面目な話、鍼灸業界は「潜在的需要」が穴だからのザルからポロポロ落としていると思います。
目立つだけで患者さんがやってくる時代はとっくに終わっていますし、患者さんの細かなニーズを各鍼灸師が受け止めなければいけない時代だと思います。
鍼灸師が発信する情報をきめ細やかにするだけで、多くの患者さんが救われると思いますね。