鍼灸師を職業にしている以上、技術の探求からは離れられない運命にあります。患者さんが良くなるためには何をすべきなのか、どんなスキルが必要なのか、と考えるのはもちろんのことですが、パフォーマーとしてライバルに差をつけたいという欲求もあります。
もちろん、パフォーマンスだけ高くても、実用的でなければ臨床では役に立たないわけですが、実用性の追求だけでは味気ない気もするのです。完成系は、実用を追究した結果生まれるムダのない世界だと思います。ここでは、究極の世界を論じても現実的ではありませんから、もっと現実的な話をしようと思います。
技術を2つの側面から見てみようと思います。
1.いろいろ出来るという能力
2.必要ないことはしない能力
1はバリエーションを増やす方向ですし、2はよりシンプルな方向です。1が不足していると「何かよい方法はないかだろうか…」と悩み、2が不足していると生じる「何をして良いかわからない」と迷います。どんなに人間が頑張ったところで、生命を完璧にコントロールできない以上は、何かしらの悩みと迷いはあります。私たち医療者ができるのは、自分の知識や経験と照らし合わせて、その時にベストな導きをすることだと思っています。
不完全を認めたところに医療が立っているのではないかと考えています。その中で今よりも最善や最良を探求する姿勢は、私たち鍼灸師にとっても重要なことだと思います。もちろん、姿勢だけでは患者さんの力にはなれませんから、具体的な技術を備えなる必要があります。
その技術はどう発展していくのかを考える際に、もう一度1と2を見ると、バリエーションを増やし、時と場合によって選択できる目を養うことになるかと思います。施術は知っていることを何でもやればよいというものではありません。「やりすぎ」は患者さんの体にマイナスに働きます。鮎の塩焼きとカレーが好きだとしても、カレーライスに鮎の塩焼きをトッピングしたら、たぶん美味しくありませんよね。
本日のテーマ、「技術の差はどこにあるのか?」という問いに対して、鮎の塩焼きとカレーライスの組み合わせの例は一つの回答になると思います(ちなみに、どちらも私の好物です)。これと同じくらい重要なのが、美味しい塩焼きを食べたことがあることと、美味しい塩焼きを焼ける能力は別物であることです。私たちは評論家ではないので、どんなに素晴らしい方法でも、できなければ意味がありません。体得しているかどうかなわけですが、要するに感覚でわかるかどうかだと思います。
患者さんのツボに鍼をしても、体がどう反応しているのか感覚で捉えられなければ、クルマを時速何キロで走らせているのかもわからず運転しているようなものです。クルマで言うところのスピードメーターになる指標を持つこと、スピードメーターを見なくても速度がわかる感覚を身につけることだと思います。
鍼灸学校で同じ知識を得て、同じ練習をして、どうして差がつくのか…。学生にとっても重要なテーマだと思いますが、開業している身としても重要です。できることなら、他の施設や施術で不可能だったことを可能にしたいですから。ライバルに差をつけたいと思っているわけですが、出し抜こうという意識はマイナスでしかないと思います。患者さんが、鍼灸院や何かしらの療法を選ぶ時、どこに「差」があるのかは重要な点だと思います。
差を強調することが、よく言われる「差別化」だと思うのですが、私が思うには、他と違うことをすることが重要なのではなく、他と差をつけられる部分はどこなのかを(自分の能力と照らし合わせながら)考えることなのではないかと思います。そこを考えた先に「自分にしかできないこと」があるような気がしています。
鍼灸師を職業に選んだからには、自分にしかできないことを追い求めたいものですが、そんなに簡単なことでないことは承知しています。地味なことを積み重ねていくしかないのだと思います。


コメント