■陶太されている場合じゃない
免許を取ったばかりの頃は、何もわからず、ただ「鍼灸師」という肩書きを手にしました。「鍼灸をしてもいいよ」という許しを得ただけです。
できれば早めに「鍼灸師」という免許から、「鍼灸師」という職業を得なければなりません。「鍼灸ができる」就職先なんて滅多にありませんでしたから、就職して職業にする、ということが簡単ではありませんでした。
私が開業したのは2003年ですから12年前。
少し前ではありますが、今も就職が難しいという状況はあまり変わっていないと思います。開業時、何もかもが手探りでした。遠回りもしました。苦しい時期もありました。もし、途中で気持ちが揺らいでいたら、今のポジションはありません。知識も経験も、ノウハウもない20代半ばの私は「鍼灸が大好き!」という気持ちだけを頼りにしながら生きていたのです。
就職先が少ない鍼灸師は、ただでさえ苦労するのだから、若い鍼灸師にはできるだけ苦労してほしくないと思っています。「若い時は苦労した方がいい」なんて言っていたら、苦労している間にいなくなってしまいます。そうやって淘汰されるのが自然の摂理と言ってしまえばそれまでですが、「はり師」「きゅう師」は決して安くない免許です。

■行動の軸
日々の試行錯誤や研磨の中で、「どうしたら、自分が必要とされる人間になれるか」ということを毎日のように考えてきました。今でもそうです。その中から、私なりに大事にしていることがあるので、そのことを書きます。
抽象的な話にはなるのですが、行動の軸となっていることなので、少しお付き合い頂ければと思います。これから書くことは、患者さんと良好な関係を築くために役立つと思います。
患者さんとのよい関係を築くには、患者さんが私に何を求めているのかを知らなければなりません。でも、そこに罠があると思うのです。患者さんの話に耳を傾けるだけでは答えは得られません。

■慰安と医療がわかる3つの軸
私なりに整理してみると、患者さん、もしくはお客さんが求めるものには3つの軸があると思っています。それを「欲求」「要求」「要望」という言葉で区別すると分かりやすくなります。
【要求】 相手に「○○」してほしい
—————————————————————-
「鍼をしてほしい」「腰を治してほしい」「腰に鍼をしてほしい」
—————————————————————-
【欲求】 私が「○○」がしたい 私が「○○」になりたい
—————————————————————-
「この膝を治したい」「旅行に行けるようになりたい」
—————————————————————-
【要望】 環境や条件が「○○」だったらいいなぁ
—————————————————————-
「痛くない治療の方がいいなぁ」「早く治りたいなぁ」
—————————————————————-
この3つの軸で考えると、慰安と医療を整理できます。
慰安 : 要求を満たすこと(手段の要請)
医療 : 欲求を満たすこと(結果の要請)
ビジネス : 要望を満たすこと(付加価値の要請)
たとえば、リラクゼーション業のマッサージ系サービスは手段とそのメニューで構成されています。たとえば、足裏や全身など、してほしい事と場所をお客さん自身が選ぶわけです。
いっぽう、病院で「今日はどの薬にしましょうか?」とは訊かれません。医師は、糖尿病を治すための手段を提案します。患者は、それを承諾するか拒否するかのどちらかです。
話が横道に入りますが、救命医療では、患者自身は手段すら選べません。自殺を図った患者に対しても、医師と医療チームは「生きている方がよい!」という価値観で強行します。医療が追究する結果とは、患者本人から発信されるとは限りません。このように考えると、医療には患者の意志を無視した強引な押しつけが成り立っています。慰安業ではあり得ないことです。
■結果のためなら手段を選ばない人々
慰安では、結果より手段が大事です。
医療では、手段より結果が大事です。
鍼灸院にやってきた腰痛の患者さんが「腰が痛いので腰に鍼をしてください」と言った時、「腰に鍼をして治らないだろう」と思ったとしてもそうするのが慰安。「腰に鍼をしたところで解決にはならないだろう」と思ったらやらないのが医療です。
年に1~2人くらいですが、「インターネットでツボを調べてきたので、このツボに鍼をして下さい」という要求を受けることがあります。いっさい、お断りするようにしています。その患者さんが治る術を追究したいからです。
「治りたい」という気持ちで調べているのはわかります。でも、それが“治るために”ベストであるかどうか、プロの目で確かめた場合、そうでない場合がほとんどです。答えは、インターネットの中ではなく患者さんの身体の中にあります。それを見つけ出すのが、私の仕事です。
慰安と医療をビジネスという視点から見れば、
慰安業は、「手段(何をするのか)×付加価値」の最大化を目指し、
医療(医業)は、「結果(どうなるのか)×付加価値」の最大化を目指すものです。
付加価値には、いろいろあります。利便性だったり、施設だったり、スタッフの対応だったり。もちろん、技術力も付加価値です。
鍼灸は鍼灸師なら誰でもできます。料理で考えると分かりやすいかもしれません。「誰でも料理が作れるが、誰でも美味しい料理が作れるわけではない」という理屈が、そのまま鍼灸施術に当てはまります。

■同業なのに異業、異業なのに同業
鍼灸師の仕事は、「患者さんの声」に耳を傾けることが何より大事です。ただ、自分の仕事が分かっていないと、患者さんの「何をして欲しいのか」と「どうなりたいのか」をきっちり区別できません。医療人のつもりでいても、近所のリラクゼーションサロンのメニューと料金が気になるのであれば、やっているのは慰安業です。
慰安業が悪いと言っているのではありません。ライバルや競合の認識がおかしいと、行動がブレてしまうことを伝えたいのです。モスバーガーがマクドナルドをライバルと考えていない、というのは巷では有名な話です。ハンバーガーを売っていても、お客さんに提供する「モノ」や「サービス」の中身が違うとハッキリと認識しているからなんでしょう。
いわゆる「同業」の中に同業者がいるとは限りません。異業種なのに同業っぽいと思うことがあり、逆に、肩書き・免許が同じなのに異業種っぽいと思うことがあります。
あなたはプロとしての軸とどこに置いていますか?


コメント