第2話「セミナーは仲間づくり」のつづき
セミナー業の難しさ
セミナー業はとても面白くてやりがいがあります。魅力を伝えつつも、簡単に稼げる仕事であると勘違いされることがないように、できるだけ正直に書いてみます。裏側で大変なことも山ほどありますので、セミナーをやってみたい方には参考になるかと思います。
最初にお伝えしたいことは、「セミナー業=講師業」ではないことです。講師は重要な仕事ですが、講師だけがいても成り立ちません。受講者がいての講師です。
先に結論を書いてしまうと、受講者と講師のセッティングを繰り返すことがセミナー業の本体です。受講者は勝手に集まりませんから、魅力的な企画をする必要があります。そして、講師も勝手に育ちませんから、講師の教育が必要です。企画と教育がセミナー業の本質です。
事業が小さいうちは、自ら企画をして自ら講師をするので、思いつきと勢いで乗り切れるかもしれません。事業が個人から組織になっていくと、やはり綿密な計画とリスクマネジメントが必要です。また、イベントと違ってセミナーは同じものを繰り返していく性質があるので、同じでありながらも飽きない工夫も必要です。業務に携わる人に、安定的に仕事を供給することも大事です。
セミナー業は人を管理する仕事です。コストをかけて育成した講師が流出するリスクもあります。特許に守ってもらえない仕事なので、ノウハウの流出もリスクです。
私が個人的に考える最大のリスクは、「何でも惜しみなく放出することが正義(何ならタダで)」という空気です。どんなにコストをかけて蓄積したノウハウであっても、それ自体が見えにくいことから、その価値を理解されにくいのです。また、何年もかけて培ってきた信頼もモノではないので、理解されにくいのです。そのため、「運営ノウハウや顧客リストがセミナー業の財産である」ということを言い続ける必要があります。
ノウハウの流出
良くも悪くも、セミナー業は人が財産です。流動性が吉と出ることもあり凶と出ることもあります。もし、講師が流出すれば、ノウハウと共に供給力を失います。製造業でいえば、設計図と工場を同時に失うのと同じです。
工場を建てるのに時間がかかるように、講師の育成にも時間がかかります。1人前になるのに2~3年の計算です。利益をもたらすようになるのは3年目くらいです。その頃になると、自分の力を外で試してみたいと考える時期なので、流出の確率が高まります。講師には技術の最高レベルのものを伝え、トレーニングするので技術的なノウハウも対象になります。外部から声もかかりやすくなります。
対策は活躍の機会を増やすことに尽きます。講師は受講者がいなければ活躍できませんから、受講者が集まる仕組みを用意します。ただ、いくら受講者が集まっても、本人が講師業に関心がなければ意味がありません。ですから、大事なことは次の2点です。
①講師業に強い関心がある人を講師に育てる
②受講者が集まる仕組みをつくる
人材への投資
こうして考えると、セミナー事業は人材への投資が本質であると理解して頂けると思います。この視点から言うと、最初のステップを踏み出したに過ぎず、成功しているとは言えません。
人材が人材を生み出す領域には入っていないからです。私自身がペダルを漕ぐのをやめたら、事業が止まってしまいます。そして、私の健康状態と事業が一体化しています。関わっている人が多いというのに、私の健康状態に大きく左右されてしまう事業は健全とは言えません。
現状、私は病気や怪我が許されません。健康管理は最重要課題です。私は体調を崩すことが少ないので、体が丈夫であると勘違いされやすいのですが、体が発する悲鳴を聞き逃さないように細心の注意をしているのです。休日を増やして体調管理を徹底したいと常々思いつつ、実現できないまま月日が流れています。
何かあれば私の責任になるわけですから、私自身の立場を守る意味でも、早急にとり組むべき課題です。セミナー数を減らしてリスクマネジメントを行います。誤解されないように補足しておきますと、体調が悪くなったから減らすのではありません。体調を崩すことが許されないので、安全マージンをつくっておくのです。それと並行して、私に何かあっても大丈夫なように、人材教育にも力を注ぎます。
ここまで読んできてどうでしょうか。セミナー業のイメージが変わってきたのではないでしょうか。「余裕のある時に、いくらかのお代を頂きながら自分の経験を教える」ことと、事業としてセミナーを行うことは似て非なるものです。従業員や提携している相手がいれば、安定した売上が必要です。経費も計算しなければいけませんし、売上の落ち込みにも対応しなければいけません。
セミナー業はよく誤解されます。「売上=利益」と思われやすいのです。確かに、セミナー当日だけを数字を見れば利益率が高い業種です。しかし、コストの大半は、セミナー当日ではなく、セミナーの前後にかかります。だから、セミナー当日の労働時間から、私の報酬は算出できません。
計算できない価値
忘れちゃいけないのがカリキュラムです。カリキュラムはセミナーの台本です。台本に命を吹き込むのが講師の仕事です。また、カリキュラムはセミナーに秩序をもたらす役目があります。講師がその都度思いつくままにやっていたら、回によって内容が違ってしまい公平感がつくれません。セミナー事業を継続するためには、この公平感が肝になります。
カリキュラムには、2つの角度で価値が決まると思っています。一つは、習得しやすいように伝える順番を考えたり、理解しやすい表現を工夫することです。同じ内容を伝えるのであれば、短期間で習得できる方がよいです。カリキュラムは習得のガイドラインになります。
もう一つは独創性です。私がもっとも力を入れているところです。他では教えてくれない内容が含まれている方が価値は上です。この独創性の価値は計算で導けません。実際に価格を付けてみて、売れるか売れないかで判断するしかありません。受講者が感じる価値よりもセミナー代が高ければ受講してくれません。安くしすぎれば利益が出ません。受講者が感じる価値に耳をすませつつも、もう一つ大切にしていることがあります。それは、いくらで売りたいかです。価格を予め設定し、その価格に見合う内容を考えるのです。
その時に基準になるのは、「自分が受講者なら喜んで払う価格」であることです。さらにいえば、「お金で買えないものが手に入る」と思えるセミナーを用意できたら必ず成功します。
カリキュラムの原案を考えるのが私の仕事です。最高のものを提供したいので、価格も高めにしています。自らにプレッシャーをかけています。このプレッシャーが私の観察眼を刺激してくれるのです。カリキュラムがあるからセミナーをするのではなく、セミナーがあるからカリキュラムが生まれてくるのです。
「クリ助さんは臨床に専念して、セミナーや組織運営は人に任せた方がいい」という意見を頂くことがあります。でも、これでは私のモチベーションは消滅します。私が新しいツボの発見に挑戦し続けられるのはセミナーをやっているからです。臨床に専念したら、効率が上がるどころか挑戦する気持ちが萎えてしまって、新しいものが生まれてこないでしょう。
私が臨床家として成長できるのは、セミナーで自分の技術をさらけだして、毎回評価して頂いているからです。患者さんの評価とは違う厳しさがあります。価格を高めに設定したセミナーなので、私を見る目は鋭く妥協がありません。
そんな目を愛せる人だけがセミナーで成功できると思います。
つづく…第4話「お金の解釈は人によって違う」
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