鍼のデザイン

シンプル。

鍼のデザインを一言で表すならこの言葉です。
このシンプルさに惹かれて鍼灸師になったのかもしれません。

「なぜ鍼灸師になったのですか?」

と問われれば、「高校生の時に鍼灸で助けてもらったのがきっかけで…」と答えるようにしていますが、それは本当の理由ではありません。本気で答えれば、「鍼」という道具に魅せられた部分が大きいでしょう。

ただ、これを最初から言うと誤解されるので、時期を見計らって言わなければならないと考えていました。そして、そろそろいいかな、という感じです。

「刺す」道具であるわけですから、意識は自然に「刺す」ことにフォーカスします。その延長上で「クリ助は刺すことが好きなんだ」と解釈されては困るというわけで。

鍼は刺す道具ではありません!

患者さんの意識を飛び越えて、生命力と直接コミュニケーションをできる道具です。私はこんな定義をしています。

鍼は最強のコミュニケーションツールです。
間違いなくこれ以上のツールはありません(そう思い込むのも仕事)。

続けて、説明しますね。

刺す道具ではない、と言い切ったのには理由があります。もし、鍼を「刺す道具」と定義づけるなら「鍼を刺す→治る」という勘違いを招きます。鍼をツボに刺すだけでは治りません。鍼をして治るのは、患者さんと鍼灸師の間にやりとりがあるからです。

「悩みを聞いてもらっただけでスッキリした。」

こんな経験は誰でもあると思います。
心が相手に通じただけでラクになるものですよね。
体も同じです。相手に通じるだけでラクになります。

優秀なカウンセラーほど、相談者の本音を引き出します。それって、心のツボがわかるからですよね。優秀な鍼灸師も患者さんの体のツボがわかります。ツボは人それぞれです。同じツボがみんなに通用するわけではありません(健康雑誌に特集されているツボを押して効果が出ないのは仕方ありません)。

鍼灸は、患者さんの意識に介入することができる道具です。無意識のレベルにも達すると考えています(個人的にそういう手応えを感じています)。

鍼を刺したツボは応えてくれます。鍼先ではいろいろ感じます。たとえば、ガサガサしていたり、ねっとりしていたり。鍼をしていると鍼先に感じるものが変化していきます。生きている人ならではの反応です。鍼の刺し方、動かし方、抜き方…など、鍼灸師の働きかけによって反応は違います。

これは、生体とのコミュニケーションに他なりません。
ツボが効くのではなく、ツボと交流するから効く、というわけです。

会話術の技術を数値化するのが難しいように、鍼灸師が行うコミュニケーションも数値化が難しいものです。同じツボを使っても鍼灸師によって治療成績が異なるのはこのためです。

鍼のデザインは「生体の反応を敏感に感じ取り、鍼灸師の意識をツボに集中させるためのもの」と私は定義しています。鍼を使うだけでオートマチックに鍼先に意識は集中し、普段はとても読み取れないような細かなサインもわかるようになります。反対に、鍼灸師に意識も鍼を通じて自然にツボに伝わります。動作にもならないような微細な動きは「動かす」という意識では強すぎます。意識するだけで鍼先に変化が起こります。

鍼のデザインにクリ助は助けられています。
鍼の優れたデザインのおかげで、能力以上のことができます。

鍼は、鍼灸師の潜在能力を引き出します。
鍼を持つものが圧倒的有利になるはずです。ところが、世間には鍼を使わなくてもすごい先生がいるわけです。「鍼などいらん」という言葉も実際に耳にしたことがあります。

こんな言葉を聞くと悔しいです。鍼を持っているということは、武士が日本刀を持っていることに近いです。本来、素手に対してアドバンテージは圧倒的であるはずです。(喩え話が野蛮に聞こえたらすみません。武術は「人を活かすもの」という解釈の下、お読みいただければ幸いです。)

鍼という“極めて”優れた道具を持っているとどうしても甘えが出ます。鍼に甘えて頼るのではなく、鍼を活かす鍼灸師でありたいと思っています。鍼を捨てたとき残るものが大事ではないかと…。

シンプルだからこそ、鍼は術者を選びます。

やっぱり鍼が好き♪
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