興味深い意見と出会いました。それは理学療法士の先生が書いた「理学療法士が鍼を使うのが世界的な流れなので日本でもそのようにした方が患者さんの利益になるのでは?」という意見です。
この意見の冒頭に「日本の鍼灸師の先生方を批判した記事ではありません。」と断りが入っていますし、実際に読んでも批判された感じはありません。ただ、鍼灸師の立場からすると、一方的な気もするのです。理学療法士が鍼を使うことに対して「世界の流れ」で論を展開できるほど、シンプルな話ではありません。
こういう記事を書けば、理学療法士に仕事を奪われないために焦っている、と思う方も少なくないでしょう。そう思っていただいてもかまわないのですが、鍼灸師ってこんな存在として見られているのか、と思ったらアンサーしたくなってきました。どっちがすごいのか、などという生産性のない議論に火をつけたいわけではありません。
前置きはこれくらいにして本題に入っていこうと思いますが、その前に理学療法士の𠮷川光司先生が書いた記事にはどんなことが書かれていたのか、ChatGPTが吐き出した要約をご覧ください。
要約
「世界では理学療法士も鍼(ドライニードリング)を使って効果的な治療を行っているが、日本では制度上それが許されておらず、その制限が患者にとって不利益になっている。今こそ制度を見直し、患者中心の柔軟な医療提供体制を構築すべきだ」という主張です。背景と論点の整理(補足)
・世界では当たり前:
カナダ、オーストラリア、イギリスなどでは理学療法士が鍼を用いた治療(ドライニードリング)を行っている。・日本では制度上不可能:
理学療法士はどれだけ知識や技術があっても鍼は使えない。教育内容も不十分ではない。・患者の不利益:
多様なアプローチが可能なはずなのに、制度の壁で治療の選択肢が狭まっている。・必要な視点の転換:
資格の縄張りではなく、「患者にとって必要な治療とは何か」という視点で制度を見直すべき。結論
鍼を含む理学療法の拡充は、医療者のためではなく「患者の利益のため」に必要である。世界の現状に学び、日本も柔軟に制度改革を進めるべきだ。
いかがでしょうか。それぞれの立場によって見え方が違うと思います。ここから私の意見を書いていこうと思います。一介の鍼灸師の所感と思って軽い気持ちで読んでいただければと思います。
独占業務資格の観点から
鍼灸師(はり師、きゅう師)は業務独占資格です。患者さんの利益のために、鍼灸師は業務独占権限を放棄せよ、という話です。私がどうこう言う前に、「患者のためになるなら、いいっすよ」といったい何人の鍼灸師が賛同するでしょうか。仮に放棄してほしいのであれば、免許を取るための時間と費用をどうやって補填するのか議論が必要になります。
あん摩マッサージ指圧は、すでに「整体」という業務形態によって実質的に独占業務権限を放棄させられている状態。免許が必要ない整体が合法とされている法的根拠は「職業選択の自由」という話もあります。残るお灸に関しても、家庭用のお灸が普及していることから、灸師としての存在以外が希薄化していると言わざるを得ません。つまり、業務独占資格として、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の3つの免許の独占権限は、各方面から脅かされている状況にあります。ちなみに、私はその3つを持っています。
鍼灸師は理学療法士に医学知識で劣るのか
𠮷川光司先生の記事には、ストレートな表現は避けていますが、理学療法士は鍼灸師と同等もしくはそれ以上の知識を有しているという内容のことが書かれています。これはカリキュラム上での話なので、個人個人を比べたらどうなのかわかりません。ですから、カリキュラムで比較するのが公平だと思います。私個人の意見になりますが、カリキュラムを比べると、理学療法士の方が医師との連携において有利だと思います。そもそもそういうふうに設計されたカリキュラムです。
逆に言えば、鍼灸師やあん摩マッサージは、開業権がある(理学療法士にはない)ことから、独立開業を前提としている免許です。誤解を恐れずにいえば、理学療法士は病院の中で働きやすい免許であり、鍼灸師は独立開業で能力を発揮しやすい免許です。鍼灸師の中にも、医療と連携していくためには理学療法士を見習わなければと、学校教育のカリキュラムの限界を唱える人がいます。確かに病院で働くことを前提とすれば、カリキュラムに改定を加える必要があるかもしれません。
鍼治療は必ずしも解剖学に依存しない
海外で始まった理学療法士の鍼がどのようなものか。ほとんどは物理療法の一種として扱われているはずです。医師と情報を共有するには、どうしても刺鍼部位が患部とその周辺に限られるからです。こうした方法を否定するつもりはありませんが、鍼灸の歴史から見たら、道具の使い方の一部でしかありません。鍼灸の醍醐味は、患部から離れた部位からアプローチできることにあります。情報伝達系を利用する方法の習得は一朝一夕にはいかないものです。
中国を発祥とする鍼灸医学。日本独特の学術は16世紀半ば(室町末期~安土桃山)です。この頃に活躍した医家として有名なのは曲直瀬道三(1507~1594)です。著作として『針灸集要』があります。江戸時代に入るとさらに盛んになっていきます。この辺の話は長くなるのでここまでにしますが、歴史の中で数多くの医家が生涯をかけて試行錯誤したものが現代の鍼灸師に託されています。
もちろん、解剖学的知識が不要という意味ではありません。言いたいのは、現在のような解剖学的知識がなかった時代でも、鍼灸は輝きを放っていたという事実です。そのことに目を向けることなく、解剖学の知識さえあれば鍼はできる、と考えるのは尚早ではないかと思います。
鍼は3日で習得できるのか
記事の中で特に気になったのが、3日程度の講習を受けることでドライニードリングを保険適応下で実施可能です。という記述です。海外の例ではありますが、これには驚きます。鍼灸師として「マジで!?」って思います。基本的な解剖学的な知識があるとはいえ、3日で習得できるという認識は「なめんなよ!」です。おっと失礼、感情的になってきました。
知識があるからといって、細い鍼を狙ったところに正確に当てられるわけではありません。自動車の構造と操作方法をよく知っているメカニックでも、レーシングドライバーと同じスピードでクルマを走らせることはできません。「クルマに詳しいからといって同じように走れると思うなよ」という感情に近いものが鍼灸師の中には芽生えてくるのです。
前提に違和感がある
この話、前提がおかしくはないかと思うのです。前述したように、日本では16世紀半ばから日本独自の鍼が展開されています。そして、あはき法(あん摩マッサージ指圧、はり師、きゅう師等に関する法律)が制定されたのが昭和22年(1947年)です。日本には何世紀にも渡って鍼灸を育ててきたという歴史があります。
これから鍼を導入しようという国とは事情が異なります。免許制度や教育機関がないのであれば、いずれかの専門職に権限を与えるという方向になるのは理解できます。しかし、もともと専門職がある日本において、理学療法士が鍼が使えないのは世界に遅れている、と主張する理由が見えてきません。遅れているのではなく、一步も二歩も進んでいると考えてもよいのではないでしょうか。
鍼灸をとりまく課題
医師との連携を前提とした場合、課題はあります。前述したように、医師の監視下で施術するという前提ではないため、独自の専門用語が数多くあります。共通言語に寄り添った学習が必要であることは間違いありません。もし、もっと患者さんに鍼治療を受ける機会を提供したいのであれば、鍼のスペシャリストである鍼灸師が医療機関と連携しやすくなるように制度を改定すべきでしょう。理学療法士が鍼を持つより患者さんの利益になるでしょう。
精神医療としての鍼灸
最後に付け加えておきたいことがあります。古来から鍼灸では肉体と精神を隔てなく扱おうとしてきました。鍼灸の古典的な理論も内臓と体表の関係を説いたものです(経絡学説)。昨今では、こうした鍼灸の特性から精神医療に活用しようという動きが盛んです。こうした事例からも、鍼灸は理学療法と分けておいた方が、それぞれの道を追求しやすいと考えることができます。日本の鍼灸はホスピタリティが高いと評価されることが多く、精神安定の場として利用されていることも知っておいてほしいことです。
ちょうど若手がクラファンやっています。頼まれていないけど勝手にリンク貼りました。

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