勝手にガウディ論(1)-サグラダファミリアは本当にスゴイのか

私の人生に変化をもたらしたガウディ

今年の2月サグラダファミリアに行きました。足を運んだのは2回目。前回が2017年の5月だったので9ヶ月ぶりでした。

短期間に2回も行ったのは「未完成を見られるのは今のうちだけ!」という強い思いがあったからです。

今回、工事が進んでいて完成に近づくサグラダファミリアが見られるかと思いきや、入れないエリアが多くなっていて、ギューンギューンと工事の音が賑やかでした。9ヶ月前の方が明らかに見やすかったです。だからと言って後悔はありません。

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2回目だからこその発見がありました。スケジュールに余裕がないのに、足を運んだ甲斐がありました。何でも行くべき所です。少なくとも、私は。

なぜ、私がガウディに強く惹かれるのか、身近な人にも詳しく説明できていません。完全に私の趣味に付き合わせてしまうことになるので、遠慮があります。

ここから先はガウディで楽しめる人だけ

この記事は、私の趣味に付き合ってもいいと思う人だけ読んで下さい。遠慮なく書きます。

ブログのテーマから完全に外れるので、建築が好きな人やヨーロッパに行ってみたいと思っている人だけ読んでください。一緒に楽しみましょう♪

個人的にはガウディに強い縁を感じています。

こうしてバルセロナを往復することになったのも必然だと思います。私の知らないところで、見えない力が働いています。その力が私をバルセロナ、そしてガウディのもとに引き寄せたのだと、勝手に思っています。

鍼灸師という職業からはみ出て、感じてきたことを言葉にしてみます。

ガウディはなぜ批判されるのか

「バルセロナと言えばガウディ」と言ってもいいくらいガウディはバルセロナを語る上で欠かせません。GAUDIという文字を見ない日はありません。

日本でも、ガウディは建築に興味のない人でも名前だけは聞いたことがあると思います。サグラダファミリアも知らない人がいません。ガウディは世界中で有名です。評判は絶賛の声で溢れています。

なぜここまでガウディが多くの人々を惹き付けるのか、考えずにはいられません。興味深いのは賞賛の声と同じくらい「気持ち悪い」という声があることです。誰もがガウディを賞賛しているわけではないようです。

ガウディの建築が生理的に受け付けない人がいます。それは地元でも同じようです。ガウディの建築はバルセロナでも批判されているようです。

それを聞いて安心しました。偉大なガウディでさせ批判を浴びていると思うと、完璧なんてないと思えて気持ちがラクになります。

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グエル公園の家

サグラダファミリアの気持ち悪さ

でも、批判する気持ちはとてもわかります。サグラダファミリアは美しさを表現しているものではないからです。ガウディの建築物は自然がテーマとなっています。自然が作り出すものすべてが美しいと思わないように、サグラダファミリアにも美しくない部分があります。

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それがどこなのかは人によって違うと思います。きっと、昆虫の構造と模様を見て美しいという人とそうでない人がいるのと同じです。美しいとか、気持ち悪いとか、人は何かを感じながら生きています。

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自分の中に潜んでいる生命そのものが感応しているのだと思います。それは理性で割り切れない部分です。自然の造形にはパターンはあっても一様でないように、人も一様ではありません。

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もっと簡単にいってしまえば、サグラダファミリアを見ると生理的な何かを感じてしまうのです。もちろん、巨大であるというインパクトもその要素ですが、それだけでは説明できないことが起こります。

趣味はつづくよ、どこまでも…「サグラダファミリアの感じ方

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