「線路に物を落とされた方は…」という駅でよく見る案内。
昔から何となく気になっていました。
よーく観ていたら、このイラストは緻密に計算されたものであることに気がつきました。

少女は大切にしていた帽子を落としてしまいました。不安でいっぱいです。
事情を知った駅員は長いアーム(正式名称不明)を持ってきて、冷静に拾っています。そんな様子が描かれています。このあと帽子は少女の元に無事に戻っていったに違いありません。こんなふうに、過去、現在、未来が描かれています。
次に、少女と駅員の関係に注目してみます。
絶妙な距離感ですね。近すぎたら親子のように見えてしまいますし、これ以上離れていれば他人のように見えます。
少女にとって、駅員は頼もしく絶対的な存在。でも、父親のような存在ではありません。この状況下だからこそ絶対的なのです。
父親以上に頼もしい存在になれるのは、専門家だからです。ここが駅員のテリトリーであることと、対処法を知っているからです。
患者さんと鍼灸師の関係と同じですね!
さらに分析すると、いろいろ見えてきます。
<立ち位置について>
二人は全く同じ場所にいます。患者さんと鍼灸師も同じ位置です。医療者の間で「患者教育」という言葉を耳にすることがあります。でも、クリ助は親しみにくいのです。言葉の問題かもしれませんが、「教育」というと、医療者の方が上にいるような感覚になるからです。当然、患者さんは教育を受けるために鍼灸院にやってくるわけではありません。
<目線について>
同じ方向を見ています。少女も駅員も帽子を見ています。鍼灸院の現場で帽子は健康に置き換えることができます。患者さんと鍼灸師は同じ方向を向いていることが大事です。このイラストで、少女と駅員のどちらが一方が目をそらしていたら違和感があります。
鍼灸院の現場でも同じです。患者さんと鍼灸師が違う方向を見ていたら違和感が生じます。
<アームについて>
アームは、安全に効率よく落とし物を拾える道具であり手段です。これは道具や技術に置き換えることができます。大切なものを線路に落としてしまった人は、このイラストを見るだけで救われます。それは、手段と安全性がハッキリわかるからです。理想的です。
鍼灸のイメージが冴えないのは、このアームのように手段と安全性を的確に示す努力が足りないのかもしれません。このイラストこそ教科書です。
<リスク・コントロールについて>
落とした人が、自分で線路に降りて拾うのは危険な行為です。鉄道会社はお客さんの安全を守る義務があります。「自分で拾わなくても大丈夫です。私たちにお任せ下さい」とメッセージでお客さんの安全を守っています。実際、このイラストがなかったら、自分で降りて拾う人がいると思います。「危険だから線路に降りないでください」と禁止するよりも、お客さんの立場で表現する方が何倍も効果が高いです。
患者さんの立場で考れば、患者さんに最善の道を案内できるということでしょう。


コメント
クリ助先生、こんばんは。今回のテーマや、今までのブログも読ませて頂きました。自分への課題、これからどうしたら良いかなども考える良いきっかけになりました。ありがとうございます。同じ目線を向いている事が大切ですね。改めて気がつきました。
>レッドさん
片手挿管の記事に引き続きコメントありがとうございます。このブログには私のこれまでの歩みを全て書いています。それがレッドさんの参考になったということで嬉しいです♪