①実用書として期待しない
古典を読んだからといって、突然臨床力がアップすることはあり得ません。小説を読み始めたからと言って、人の心理や人生観が突然わかるということがないのと同じです。古典は読むと臨床に深みが出てくるかもしれませんが、深みというものは長年かけて出るものですから、即効性はありません。
超ベテランの先生が「古典を読みなさい」と言いたい気持ちはよくわかります。古典を知らないま鍼灸師人生を終えてしまうことがもったいないと思っているのでしょう。私も基本的には同じ意見です。ただ、若手には古典ではなく実用的なものをすすめています。
まずは、深みより食べていくために必要なスキルを身につけなければ深みを味わう前に、退場させられてしまいます。深みをつけるのは、安定した収入が得られるようになってからでも遅くはないと考えています。
古典を読むなら、趣味の枠を使った方がよいでしょう。自己投資の感覚で古典を読むことに時間を使うのはリスクが高すぎます。
②いきなり原文を読まない
「原文を読みなさい」とおっしゃる先生がいますが、私はいきなり原文から入るのは反対です。原文も添えてある解説本がたくさん出版されていますので、解説本から入る方がよいです。古典は漢文です。句読点がありません。どこで区切って読むかだけでも大変ですし、専門家でも意見が分かれるところがあります。
太陽之為病脈浮頭項強痛而悪寒
なんて書かれていると、わかりにくいですよね?
【太陽之為病】 太陽の病はね
【脈浮】 脈が浮いて
【頭項強痛】 頭痛とうなじのこわばりがあって
【而悪寒】 悪寒がするんだよ
こんなふうに区切って解釈するのが一般的です。ちなみにこれは『傷寒論』の第一条です。わかりやすいと思う解説書を選んでみてください。
③最初は大まかに理解する
第一条の例でいうと「太陽の病」って何だろうと思ったら、いきなりストップしてしまいます。「太陽の病」を知っていることを前提に書き出しています。これは一例に過ぎません。解説書も太陽の病を詳しく説明していないかもしれません。ですので「そういうのがあるんだなぁ」くらいの感覚で読んでいかないと、いつまでも読み終わりません。
わからなくても、何度も読んでみる方が大切だと思います。「そんなんじゃ役に立たないじゃないか?」と思うかもしれませんが、最初に書いたとおりすぐに役立つ読み物ではありません。
④わからない所は気にしない
解説を読んでも、何を言いたいのかさっぱりわからないなんて珍しくありません。私もほとんどわかりません。むしろ、わかった気になる方がよくないと思います。そもそも解釈は複数あるのが普通なので、どれが正しいのかわからないのです。
怒る人がいると思いますが、私はわからないまま読み進めるのが古典だと思います。少なくとも、臨床を軸にしている鍼灸師にとって結論を出すことは重要ではありません。実用書として読むわけではないので、わからなくてもよいのです。
⑤時代の違いを意識する
たとえば「寒邪」という言葉がありますが、「邪」という言葉が使われていてもオカルト的な意味はありません。「邪が体内に侵入する」という言葉は、菌やウイルスに感染すると理解すべきです。電子顕微鏡はおろか顕微鏡すらない時代ですから、見えないものが多かったので、このように表現するほかなかったのです。
こういう時代の差を無視して、菌でもなくウイルスでもない「邪」をイメージすると、途端にオカルト的になってしまいます。古典が書かれた時代は呪術と決別しているので、科学的視点で古典を読むことが大切であると考えます。
⑥敬意は払っても崇拝はしない
古典は聖書のような教典ではありません。ですから、古典に書いてあることを信じる必要はありません。古典を疑う姿勢は古典への裏切りでも東洋医学の否定でもありません。むしろ、批判的精神を失ったら医学の立場ではなくなります。疑いの気持ちがなければ読まない方がよいとさえ思います。
紛れもなく、この時代に鍼灸があるのは古典があったからです。古典を拠り所に鍼灸が存続してきたのです。途中、何度も伝統は途切れてきましたが、古典があったから復古できたのです。
こうした意味で古典には最大の敬意を払うべきです。古典の存在を否定することは誰一人としてできません。それと古典に真実があるかどうかは別の話です。現代の医学書を想像してもらうとわかると思いますが、今の常識がそのまま100年後の常識として残るとは考えられません。その時代のベストが医学書に記されているのです。
⑦必須ではないが無駄でもない
勇気をもって書くと、古典を読んでも臨床力に直結しません。完全に意味がないわけではありませんが非効率です。現代の書物から学ぶことに時間を使う方が比べるまでもなく有利です。少なくとも古典を知らなければ鍼灸ができない、ということは絶対にありませんし、古典を読んでいる鍼灸師の方が成績がよく高収入であるという相関もなさそうです。
古典を学ぶのは最後でよいのではないでしょうか。もちろん「読むのが好きで…」と趣味的な意味合いの場合は別です。スキルアップのためという意味であれば後回しにすべきでしょう。古典を読んでいないものは東洋医学を語るべからずなんてかたい話はスルーしてよいと思います。東洋医学をきれいにまとめた本が山ほどありますので、飽きるほど読んでからの方がよいと思います。
では、古典を読むことは無駄なんでしょうか。個人的はそうは思いません。ロマンチストだと思われてもかまいませんが、1000年前、2000年前の人とつながれるのは古典を読んでいる人だけです。自らの体験と古典の原文が一致したとき、時空を超えて何かとつながったような感覚に包まれます。
個人的には、経絡理論ができるまでの過程に興味があります。古代の人の何を見て何を思い、経絡理論にたどり着いたのかを考えて読むとミステリー小説のように楽しめます。
⑧解説書は同時に3冊以上
まず何から読めばいいのかという問題があります。鍼灸師であるならば『黄帝内経霊枢』が定番でしょう。おすすめしないのは『難経』です。難経は文字通り難解ですし抽象的な話ばかりなので、やめた方がよいと思います。しかしながら、やたらと日本の鍼灸家は難経が好きなようです。想像ですが、昭和の初期にできた「経絡治療」の影響が大きいでしょう。『難経』の「六十九難」が理論の基盤となっているからです。
もし『難経』から始める場合は、3冊以上を同時に読むことを絶対におすすめします。内容が抽象的であるため解釈が自由です。極端な言い方をすればどう解釈しても正解になるのです。古典を読んだと思ったら、書いた臨床家の思想を読まされていたということが起こるのです。
おすすめしたいのは『傷寒論』です。
「それって漢方薬の本でしょ?」とお気づきの方もいると思います。そうなのです。薬の処方が記されているものです。鍼灸師に関係ないと思われると思われるかもしれませんが、最後までお付き合いください。
おすすめする理由は2つあります。
ひとつめの理由は短いこと。2000字しかありません。
目を通すだけなら1時間もかかりません。
ふたつめの理由は、どんな症状のときに何をすべきかが具体的であること。東洋医学がイメージの世界ではないことがよくわかります。また、漢方薬の処方の原理を知ることもできるので、患者さんが飲んでいる漢方薬がどんな作用を持つのか理解できるようになります。ですから実用性が高いのです。
傷寒論であればおすすめしたい本があります。私が読んだ解説書の中で一番読みやすくわかりやすいです。この記事もこの本を参考にしながら書きました。鍼灸師が書いた本ではなく医師が書いた本です。古典の怪しさをいっさい感じることはありませんし、解説も現代人の感覚で理解しやすいように工夫されています。
最初の一冊としていかがでしょうか?
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