「古典を読むときに陥る時系列の罠」のつづき
足三里から考えてみる
鍼灸師であれば「合穴(ごうけつ)」という言葉を知っています。「井・滎・輸・経・合」という五輸穴の一つです。「穴」は「ツボ」という意味です。
今回の話題は専門的な話ですが、一般にも親しみのある「足三里(あしさんり)」を用いて話を進めてみますので、ぜひお付き合いください。
足三里は「井・滎・輸・経・合」という5つの分類の中で「合」にあたります。私たち鍼灸師はこれを覚えるのですが、その意味を深く考える機会もなく国家試験はやってきてしまいます。
ということで、今回は「合」について考えてみます。この意味がわかって初めて、先人が私たちに残したものに気付けるのだと思います。
私たちは、ツボは経絡に所属していると習います。経絡は左右に12本あって、正中に2本あるとされています。ここでは話がふくらまないように、経絡についての説明は控えます。
足三里は足陽明胃経(あしのようめいいけい)という経絡上にあるツボです。ですから、足三里は「足陽明胃経の合穴」と、経絡と重ねて考えてしまいがちです。私が学生だったときの教科書には、しっかり「足陽明胃経の合穴」と書かれていました。だから、私も合は経絡上に設定されたものであると記憶しました。
しかし、今回取り上げる『邪気蔵府病形』には、そのようには書かれていません。
古典にある関係は、
胃 ― 合 ― 三里(関係A)
です。
一方、別に、
三里 ― 足陽明胃経(関係B)
という関係があります。
この関係Aと関係Bを重ね合わせたものが、現在私たちが習っている関係です。
胃 ― 足陽明胃経 ― 足三里(合穴)(関係C)
実際に見てみましょうか。
『黄帝内経』は中国医学を代表する古典ですが、その中の『霊枢・邪気蔵府病形』には、次のようにあります。
胃合於三里
「胃は三里に合す」です。
これは、私が示した関係Aです。
完成された経絡理論を知っている私たちは、胃と足陽明胃経が同じ意味であるかのように錯覚しています。本来、胃と足陽明胃経は同じではありません。
改めて整理すると、
胃=臓腑
足陽明胃経=経脈
です。
ところが、完成した経絡理論を知っている私たちは、「胃」と書かれているだけで、その背後に足陽明胃経まで思い浮かべてしまいます。
完成形の知識を無意識に補って読んでしまう癖に気がつくべきです。
もう一度言います。
「胃」と「胃経」は違います。
十二経脈は最初から完成していたわけではない
ここで知っておきたいのが、経絡理論にも歴史があるということです。
『黄帝内経』に記されている十二経脈は、ある意味で完成形です。ですから、理論として仕上がっていく途中経過があります。
そのことを具体的に示したのが、1973年に中国の馬王堆漢墓から出土した医学書です。
そこには『足臂十一脈灸経』『陰陽十一脈灸経』という文献があり、その名の通り、記載されているのは十二脈ではなく十一脈です。
現在の十二経脈とは走行や臓腑との関係にも違いがあります。また、現在のような経穴体系もまだ見られません。
つまり、経脈という考え方はすでにあった。しかし、現在私たちが知っている「臓腑―十二経脈―経穴」が一体化した体系は、まだ完成していなかった。
そういう段階があったことが出土資料からわかっています。
『黄帝内経』には、経絡理論が形成されていく異なる段階の記述が含まれていると考えられます。経絡理論の完成後に記された医学書だと思って読むと、おかしなことになります。
大腸には二つの「合」がある
この視点で『霊枢・邪気蔵府病形』を読むと、さらに面白い記載があります。
大腸合入於巨虚上廉
大腸は巨虚上廉(上巨虚)に合するとあります。
しかし、経絡理論では手陽明大腸経の合穴は曲池です。
手陽明大腸経の合=曲池
大腸の合=上巨虚
こんなふうに2種類の合があることになります。
小腸も同じです。手太陽小腸経の合穴は小海ですが、『霊枢・邪気蔵府病形』では、
小腸合入於巨虚下廉
とあり、小腸は巨虚下廉(下巨虚)に合するとされています。
しかし、経絡理論では手太陽小腸経の合穴は小海です。つまり『黄帝内経』には「経脈の合」と「腑が合する場所」という、性格の違う二つの「合」が記されているように見えます。
教科書は、前者は「五輸穴の合」、後者は「下合穴」と分類しています。しかし、それは完成した理論から見た整理法です。古い文章の意味を理解するには、後代になって追加された知識を外す必要があります。
というわけで、
胃合於三里
に戻ってみます。
現在は「足三里は足陽明胃経の合穴」と説明されがちです。しかし古い文章は、「胃が三里に合する」と言っています。
もしかすると、ここでは経絡よりも先に、臓腑と体表の特定部位との対応がテーマになっているのかもしれません。
胃と三里が関係する。
大腸と上廉(上巨虚)が関係する。
小腸と下廉(下巨虚)が関係する。
そうした関係が整理されていく過程で、後に臓腑・経脈・経穴が一体化した大きな体系が形成されていった可能性があります。
もちろん、「胃合於三里」が十二経脈成立以前に書かれた文章だと断定することはできません。ここは慎重であるべきです。
ただ、少なくとも『黄帝内経』を読むとき、現在完成している十二経脈を前提にすることには無理があるとは言えます。
経絡というフィルターをいったん外す
私は経絡理論を否定したいわけではありません。
むしろ経絡という体系が成立したことで、それまで存在していたさまざまな身体の関係を、一つの大きな構造として説明できるようになったのかもしれません。
問題は、その完成した体系を使って、それ以前の記載まで読んでしまうことです。
「胃合於三里」とあれば、まず「胃が三里に合する」とシンプルに読んでみる。
いきなり「足陽明胃経」を持ち込まない。
すると、「合」という言葉が現在の「合穴」よりも広い意味を持っていた可能性が見えてきます。
古典を理解するためには、私たちが知っていることを増やすだけでは足りません。ときには、知っていることをいったん外して読む必要があります。現代的解釈はとても危険です。
話はわかったけれど、古典を理解すると臨床でよいことあるの?
こんなふうに思った方は、私が書いた記事「ツボの正しい位置、どこかわかりますか?」を読んでみてください。新しいツボの発見につながることが実際にあるのです。
ということで今回は完成した経絡理論というフィルターをいったん外してみました。では、もう一つ大きなフィルターを外したらどうなるでしょうか。
それが五行説です。
次回は、「黄帝内経は五行ありきで書かれているわけではない」という話をしたいと思います。
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