■活法(かっぽう)を選んだのは有利だから
遠慮せず、言いたいことを書きます(成果が出ている範囲で)。
私は群馬の鍼灸院を経営していますが、品川の鍼灸院も経営しています。現在、そこでは3名の鍼灸師が働いています。技術的は同じものを使っています。そもそもの話をすれば、鍼灸にはさまざまなやり方があるわけで、一人一流派なんて言われることもあります。
私たちのように、技術を統一しているところもあれば、一つの院の中で、それぞれの鍼灸師がそれぞれの技術を使っているところもあります。どれが良いとか悪いとかではなく、方針や目的に合わせて、それぞれの院が最適なスタイルを選んでます。
私たちが選んだのは、技術の完全統一。
私たちの技術にはベースがあります。それが活法です。活法(かっぽう)とは整体の源流と言われている技術です。これをスタッフ全員が学んでいます。私たちが目指す鍼灸に必須なのが活法だからです。
「鍼灸師は鍼灸に専念すべし」という認識も然りです。だから、鍼灸師に整体の類は必要ないと言えば必要ありません。ただ、「できる方が、鍼灸を使う上でも断然有利」であると言えます。

■剣術で考えてみる
剣術に置き換えてみるとわかりやすいです。
戦乱の世、剣術の名人を思い浮かべてください。この名人、丸腰になったら殺されてしまうのでしょうか。実際にそうであったなら、名人になることはできなかったでしょう。名人になるには「生きている」という条件が必要です。
いつ、どこで敵に襲われるかわかりません。スポーツではありませから体格や武器の条件を整えてから「はい、はじめ!」と合図されるわけではありません。卑怯だと言われても勝てば戦術です。

こうした背景では、刀を抜く時間がなかったとか、刀を落としてしまったとか、そういう言い訳をする機会はありません。襲ってくる敵の攻撃をかわしたり、素手で応戦しなければなりません。それが出来る者しか生き残れなかったはずです。ですから、剣術の名人は、剣の達人でありながら、丸腰でも相当な強かったはずです。
■鍼灸師にマッサージは必要か
このように剣術で考えるならば、鍼灸師は鍼灸を持つところからスタートすると考えることはできないのです。「素手で何ができるのか」の部分が大事です。これまで、鍼灸と言えば、マッサージとの組み合わせが未だ主流です。
ですが、私の考えでは、鍼灸と相性がよいのは、マッサージではなく活法のような“揉み系ではない”整体術です。なぜかと言いますと、活法なら鍼灸の効果をぼかすことがないからです。
たとえば経絡に沿ったマッサージをしてその経絡上のツボに鍼をしたとします。また、その逆で鍼をしたツボの上をマッサージしたとします。どちらにせよ、面で刺激するマッサージは、鍼で刺激した極点を均(なら)してしまいます。
こうした認識は私だけではないと思います。にも関わらず、「鍼灸+マッサージ」という組み合わせが主流となっている理由は、学校教育にあります。学校で作られる常識が、臨床で弊害となることがあります。学校が正解とは限らないと早めに気がつける者は大丈夫なのですが…。
鍼灸学は素晴らしいものです。単独でも十分すぎる学問です。ただ、現状の教育システムでは、初学者が鍼灸のみで結果を出すのは至難の業です。私もその一人でした。最初は苦労しました。
■ツボは何となく効くのか
もちろん、鍼灸とマッサージの組み合わせによる相乗効果がありますから、こうしたやり方も一つの魅力です。ただ、鍼灸単独で及んでいる作用をいつまでも知ることができなくなります。ツボの効果を正確に把握できなければ、フィードバックできません。
ツボは当たれば効きますし、外れると効きません。本当のツボは「なんとなく効く」ものではありません。身体に確かな変化が起こります。ツボを“何となく”使っていれば、治療も“なんとなく”なものになります。患者さんも“なんとなく”の効果を探すしかありません。
■「一手一認」のオキテ
活法に出会って衝撃だったのは、「一手一認」でした。一つの手技(数秒から数分)を施した後、主訴(患者さんの訴える症状)の変化を確認します。マッサージでは馴染みがないものです。たいてい、一通り終わってから「どうでしょう?」というパターンです。
それまでの私は、脈(橈骨動脈)の変化だったり、舌の色の変化だったり、顔色だったり、雰囲気で鍼灸施術の評価をしていました。全体が好転していれば部分も好転するだろう、という希望的観察をしていたのです。
そんな私が活法に出会いました。主訴を真正面から受け止める活法に衝撃を受けました。活法が生まれた戦乱の世、脈が変わっても、舌が変わっても、ツボの様子が変わったとしても、主訴に変化がなかったら意味がないのです。活法の上手下手の判断基準はとても明快です。主訴が変わるかどうかです。

あえて言うならば、どんなに丁寧な言葉づかいをしても、どんなに丁寧に触れても、主訴が軽減しなければ下手なのです。逆に、言葉が乱暴で雑に見えても、主訴が消えれば上手いのです。実際、活法は繊細なだけでなく、大胆さと豪快さを含んだ手技療法です。
■活法が鍼灸師にもたらす影響
ここで話を戻します。私たちが社内研修で活法を行っている理由は次の5つです。
1.一手一認を基本とする
2.鍼灸の有利・不利を知る
3.空間認識を磨く
4.時間認識を磨く
5.身体感覚を磨く
私が提唱している古武術鍼法は、活法から始まっているので、一手一認が基本です。整体(活法)学んでいるからこそ、「鍼灸だからできる」ことを知ることができます。これは鍼灸が万能でないことを知る、という意味でもあります。

鍼灸の基本は「経絡(けいらく)」とされています。この経絡、実際には空間的な広がりや奥行きがあるものですが、教科書で見ると機械で引いたような線です。教科書を丸暗記すればするほど、経絡とそこにある経穴(ツボ)は平面的理解になります。忠実に覚えれば覚えるほど、皮肉にも現実から遠ざかってしまうのです。
時間認識の違いがもたらす影響は計り知れません。活法は、戦乱の世で生まれたわけですから「待てない相手」に施すことが前提です。
「身体はすぐに変わる」という認識で施術をするのと、「すぐには変わるものではない」という認識で施術するのでは、全く違うものになります。これはツボを扱う鍼灸にとっても同じことです。鍼が触れた瞬間から身体は変わります(厳密に言えば「近づける」ところから変化が始まっています)。活法の特筆すべき利点は、変化を「動き」の中に見つけられることです。
人間は動物である以上、内臓の変化であっても動きに表れるのです。可動範囲、速度、パワーが変わるのです。それは術者や患者さんだけが分かるものではなく、第三者が見てもわかるものです。
鍼灸が上手だからと言って、活法が上手だとは言えませんが、活法が上手になると、鍼灸の腕前も自然と上がってしまうのです。体の使い方、間の取り方、タイミングが自然と上手くなるからです。

☆スタッフが書いた活法勉強会の感想:スタッフブログ(カポス)
☆活法について:活法研究会ブログ(活レポ)
<連載中のメディア>
『温故知新』(専門家向け記事)
「鍼灸師のための経穴デザイン入門(1~13)」
『ヘルモア』(一般向け記事)
【初めての鍼灸院選びVol.01】鍼灸でできることを知っておこう
【初めての鍼灸院選びVol.02】鍼のイロハ、灸のイロハ
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