1.見えない世界
2.「気」の実用化がテーマ
3.見える世界
4.気の引力
5.現代医学的?(1~2)
6.現代医学的?(3~4)
7.現代医学的?(5~6)
の続き。
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7.人体のルール
今日、言いたいことは「東洋医学は概念で評価できない」ということです。
正しいという自信はありませんが、概念を数学に喩えるなら方程式のようなもの。
方程式だけ知っていても役立ちません。
それを使う場があって初めて実用的なものになります。
センスのある人は、数学の先にあるものがイメージできるのでしょう。
センスのないクリ助は数学と向き合った瞬間から眠気に襲われてます。
義務教育の中にある数学を疑う人はいません。でも、数学のない時代に生まれ、未来から数学の教科書が舞い降りてきたなら、どうでしょうか。「本当にこんなものが役に立つのか…?」と首をかしげるでしょう。ロケットが宇宙まで飛んでいくことを知っているから、私は数学を信じていられます。
数のルールだけだけでは何にもなりません。見えるものになって価値に気がつきます。
東洋医学も同じです。
人体のルールだけを知っても何にもなりません。体がよくなって価値に気がつきます。
東洋医学は概念だけで評価できません。現代医学のルールにその概念を当てはめて正誤を語ることもナンセンスです(でも、東洋医学の批判のほとんどがこの手を使われています)。野球のルールブックでサッカーの審判をするようなものですから。
8.マニュアル化できないもの
役立つのは技です。
東洋医学は教科書だけ読んでも役立ちません。ツボを知っているだけでは役立ちません。
ツボの使い方まで研究しなければ、お話の世界です。
私は小学生の頃からツボに興味を持っていました。高校生になると、ツボの本(一般書)を何冊も買って自分の体で試しました。でも、効いたという実感は得られませんでした。ツボの使い方を知らなかったからです。
書いてあることが立派でも、使えなかったら価値なしです。
鍼灸学校では、鍼の刺し方、灸のすえ方を習います。
でもこれは技術とは呼べません。ただの作法です。
技術は、患者さんを意図する方向に変化させるものです。作法は見えるものですが、技術は見えません。言葉で簡単に表現できるものでもありません。だから、学校では作法までしか教えられないのです。
鍼灸師は職人です。
料理人も、スポーツ選手も職人要素たっぷりです。もし、これらの技術が完全マニュアル化できるなら、弟子入りすることも、トレーナーと契約する必要もありません。通信講座で十分です。
鍼灸は「作法(見えるもの)」の上に「技術(見えないもの)」が積まれています。技術は、自分の感覚でつかまえ、自分の手で積み上げていくしかありません。
生理痛に三陰交(内くるぶしの少し上のツボ)、なんていうのは作法です。
このツボにどのように鍼や灸をすればよいかを判断するところが技術です。
背中のツボを使って生理痛を和らげることもできます。他にもたくさんあります。
マナーが所変われば異なるように、鍼灸における作法も患者さんによって変わります。
最適な作法を選べるかどうかも技術次第です。
このテーマは次回が最後。


コメント
最初に。
東洋医学の概念とは何なのですか?
その概念を数学に例える根拠は?
辞書で調べて、正確に言葉を使ってください。
人体に数学的ルールはあるのですか?
数学的ルールは、100パーセントの因果率ですよ?
結局、学と名はついても職人、技術と逃げ口上があれば、科学分野としては認められないものなじゃないでしょうか?
最低限、東洋医学の概念を提示いただけないでしょうか?
最初の質問の補足をします。
東洋、西洋問わず医学=全事象ですよね。概念(全体論)を数学(各論)に例えるのは何故ですか?
ブログですので答えなくとも、消すのもいいでしょう。
別に消されても構いませんし、無視でもいいです。
失礼しました。
>ハンババさん
お久しぶりです。以前にもコメント頂いたことがありましたね。
細かなところまでチェックありがとうございます!
1+1=2
私にとって、この定理は事物全体に通じるものだと捉えています。各論と位置づけることがわかりません(数学を学校の教科と位置づけている場合は、確かに各論になるかもしれませんが…)。
東洋医学の根幹である、陰陽、五行は事物全体を説明するものです。東洋医学の概念を言い換えれば、陰陽と五行です。一般の方が言葉で迷わないように、概念と言い換えたのは配慮です。それが返ってわかりにくくしてしまったようです。反省しますね。
お時間があれば、易(えき)の本を読んでみて下さい。東洋医学と数理の関係にお気づきになると思いますよ。