離れたツボ、その効果、
不動則痛、動則不痛(動作の連鎖性理論)、
遠隔に鍼をするもう一つの理由
のつづきです。
■納得の鍼!?
ある勉強会。
鍼灸学校の学生が集まっている場での話です。
ある先生がデモンストレーションを行っていました。
実演の最後に発した言葉です。
「これでいいのですが、痛いところにも鍼をしないと患者さんは納得しないので一応しておきます。」
この言葉を聞いて驚きました。
ひっかかったのは、痛いところ(局所)に鍼をする理由です。
「一応」という言葉に隠れているその理由とは・・・。
聞きようによっては、「必要ないけれどしておく」という意味になります。
必要のない鍼は、もちろんすべきではないでしょう。
「患者さんを納得させるため」というのがここでの理由。
■患者さんの満足度
そうすると、患者さんが納得するものは何なのか・・・じっくり考えたくなります。
患者さんの満足度を計る指標ともいうべきものをハッキリさせないと!
そんなにストイックに考える必要ないよ、という意見もあるかと思います。
患者さんが笑顔で帰ったらそれでよい、と。
まあ、確かにその通りなのですが、一度つっこんで考えておくと、こちら側(鍼灸師)の姿勢も明確になりますし「なんとなく」の世界から抜け出すことができます。なんとなく鍼してなんとなく鍼灸院をやっていけたらよいのですが、鍼灸をとりまく環境は許してくれません(悲)
自分が何をしているのか(もちろん、鍼をしたりお灸をするわけですが…)を確認して、患者さんの満足度と照らし合わせてみたいと思います。
■患者さんの目的
患者さんは何をしにやってくるのか、というそもそもの所。
症状を治したいからですよね。
当たり前のことかもしれませんが、慰安的な鍼灸もあるので、ここでは切り分けて医療的スタンスで話を続けます。
症状を改善させるために、私たちは鍼灸をします。
となれば、患者さんは症状が改善すれば納得し満足します。
話が終わってしまいました、、、アレ?
ちゃんと続きがあります。
実は、症状が改善したのでは納得しない患者さんが多いということです。
患者さんに問題をなすりつけているようですが、そうではありません。
そもそも鍼灸が抱え込んでいるイメージにその理由があるようです。
鍼灸に理論があることすらあまり知られていません(たぶん)。
もし、「鍼は痛いところにするもの」と患者さんが思いこんでいたら・・・。
そうだとすれば、患者さんは、痛いところに鍼をする鍼灸師が上手、そうでない鍼灸師は下手、と思うでしょうね。困ったことになります。実際、困ったことが起こりました。
それは、鍼灸師になった最初の年のこと。
勤務していた鍼灸接骨院である患者さんからクレームが入りました。私に直接ではなく院長に。
「あの先生は、痛いところをやってくれない。」
痛いところを改善させるために尽くしていた私は、クレームの対象でしかありませんでした。全てを否定された気がして落ち込んだことを覚えています。
腕がよくなっても、「痛いところに鍼をする人、お灸をすえる人」と思われている限りは、痛いところを狙う鍼灸師に勝てないと、この時わかったのです。
患者さんの目的は、本来的には「症状を治したい」はずなのですが、鍼灸師の前では「痛いところに鍼や灸をしてもらうこと」にすり替わっていることがあります。
■誘惑と苦しみ
「だったら、痛いところだけに鍼をすればいいのに!」
ささやく声がどこかから聞こえてきました。
もちろん、それで患者さんが良くなればそうします。
喜んでそうします!
でも、実際はそれだけで改善する症状は一部です。
鍼のポテンシャルを考えるともったいないのです。
患者さんによくなってほしい、と思う気持ちが強いほど、
患者さんの「痛いところにしてね」という希望(すり替わっている目的)からズレていきます。
この苦しみを味わっている鍼灸師は少なくないはずです。
この苦しみを紛らわすために「一応やっておく局所」が鍼灸師のために存在するのだと思います。
局所が改善のために絶対に必要と判断した局所なら、患者さんのため。
でも、そうでない理由での局所は、誰のためなのか、何のためなのか…。
■ムダな鍼
局所施術否定論者と誤解を受けるのを覚悟でこの記事を書いています。でも、そのつもりはないです。局所でなければならない場合は多々あり、実際に私も局所を多用します。
私が黙認できないのは、学生を指導する現場で「目的のあやふやな局所」が語られたことです。もし、なんだかわからない局所鍼が鍼灸師の処世術として定着してしまえば、ムダな鍼が増えます。
ムダ鍼=効果がどうだかわからない鍼
自分の学生時代を振り返ると、講師の先生から大きな影響を受けました。幸い、私は名人の技をを目の当たりにして、鍼灸の底力を知ることができました。その一方で、よい機会に恵まれなかった学生は鍼灸に幻滅していました。
彼が卒業を目前にして発した一言は生涯忘れることはないでしょう。
「3年間で鍼が効かないことがわかった」
冗談っぽく言っていましたがあの目は本気でした。
もし、彼が私と同じものを見ていたらこんな言葉を残さなかったと思います。
そんな思いを今でも引きずっています。
だからなんでしょう、こんなネタを書いているのは。
■東洋医学の醍醐味
遠隔の鍼に効果があることを患者さんに伝えることができなければ、この話は崩れ落ちてしまいます。効果が低いにわざわざ遠隔に鍼をすることはなく、
1.リスクの軽減
2.循環システムの回復
3.連動性の回復
4.施術前後のテスト
という確かな目的があります。
遠隔でなければできないことがあるから、あえて遠隔です。
遠隔でも効果を出せるところに、東洋医学の醍醐味があります。
東洋医学のスゴさをアピールできるところでもあります。
鍼ってスゴイ!!
と患者さんが驚くのは、遠隔の鍼をした場合に多いです。私の経験では、鍼灸は局所にするものと思っていた患者さんほど、鍼灸の奥深さに感動してくれます。
「痛いところに鍼をするわけじゃないんですね!」
という言葉は、これからも何度も聞くと思います。
その度に、私は喜んで「そうです!」と答えようと思います。
■局所のない症状
醍醐味といえば、痛みでない症状や局所のない症状にも対応できることです。たとえば、体がだるいという症状。全身がだるいと言ったら、全身に鍼をするのでしょうか…。そんなことをしたら、もっとだるくと思います(やったことないからわかりませんが…)。
ツボには、そのツボ独自の働きがあります。
「○○のツボを使うと○○が治った」という経験が蓄積され、今に伝えられています。
そういったツボは局所にあるわけではありません。理屈を抜きにして、そういう身体にとって特別なポイントやゾーンがあります。なぜかと問われても、私が人間をつくったのではありませんからと返事をするしかありません。
日頃よく思います、体は治るように設計されていると。
ケガや病気をした時のことまで想定されて設計されていると思っています。
鍼灸師として、そんなふうに思いを馳せるを方が安心できます。


コメント
>>「3年間で鍼が効かないことがわかった」
誰でしょうねえ?私じゃないですよねえ?
鍼灸接骨院の院長にクレームをつけた患者さんは
本当に治りたかったのでしょうか?
「自分の言うことを聞いてくれる人」を望んでいた
だけ、というケースもありますしね。
そういう患者多いと思います。自分の中で結論はすでに出ていて、それを認めてくれる人を探しているタイプ。
だとすれば、痛いところに鍼をしないクリ助さんは
知らずに訴えを無視し続けていたことになります。
まさに「患者は何しにやってくる?」ですが
痛みは口実で、誰かに会いたい場合もあるでしょう。
養気院の場合も、クリ助さんに会いたくて通院する
患者さんもいると思います。
会話の内容が大事なのではなく、会話することが
大事ということもありませんか?
現代では「治療」ではなく「人の温かみ」が欲しい人がいても不思議ではないですよね。
>jackalさん
jackalさんではないですよ、ネタの彼。
心当たりあります?(笑)
「自分の言うことを聞いてくれる人」というご指摘、まさにその通りかもしれません。その患者さんは、マッサージを受けるために毎日欠かさず通うことを習慣にしている患者さんの一人でした。私の施術を1回受けた後、すぐにクレームが入りました。
高齢者が9割というその職場では、寂しい思いをしている方がとても多かったように思います。その職場で私がしていたことは下だったと思います。反省。
今は冷静になっていますが、当時は熱くなりすぎてズレまくっていましたよ。
考えさせられる記事ですね・・・
身体を診れる鍼灸師はそこそこいるかと思いますが、人間を診れる鍼灸師は、本当に少ないなと思います。
もっと言うとその人間と、その人間にまつわる背景・環境・生き方・価値観を診るということですね。
私はこれも望診だと勝手に解釈しています。
今通っている学校では、医療面接を重要だとして教わっています。
問診型ではなく傾聴する姿勢が大事であると。
まずは相手のことを受容し、共感する。
コミュニケーションを確立して信頼関係が成り立たねば効果は薄い。
鍼灸のみならず様々な面で重要なことだと考えさせられました。
>ムムさん
患者さんと接する時、こちら側の人間力が試されている気がしてなりません。自分の幅でしか患者さんを観ることができませんから。学術だけでも恐ろしいほどやることあるのに、先のことを考えると途方に暮れます。
>どらきゃさん
学校でよいことを学ばれていますね。私の時も学校で医療面接の授業があったのですが、ほんの少しの時間だけでした。だからなのか…、大切なことは卒業後に気が付くことばかりで(笑)おっと、笑っていられることがではないですね(苦笑)
学校で今勉強されていること、大切にしてください。そうすれば私のようにクレームを受けることはないと思います。
「3年間で鍼が効かないことがわかった」
って、私ではないと思うけど同じようなことを思った気が…。
学校は学校で資格を取らせて基礎知識を教えることを精一杯やってると思いますが、脈や舌をわかるよりもずっとずっと大切なことがあるということを卒業すると実感します。
「治す」や「鍼を打つ」は優先順位でいうとずっとずっと下のほうだと思います。
>macさん
macさんも「鍼が効かない…」と思ったことがぁ!?
確かに、現場に出ると現場でしか学べないことも多々ありますよね。学校の勉強も大事だけど、もっと大事なこともある、macさんのように成功されている方が発すると重みがあります。
macさんのコメントにさらにコメントを付けるならば、「治す」や「鍼を打つ」は、最後の方に許されることであり、そこまでたどり着くための要素があるということでしょうね。舞台に上がる準備が大切というか。
学校では舞台の上に上がっている(信頼関係にある患者が目の前にいる)ことが前提ですしね。
>>macさんも「鍼が効かない…」と思ったことがぁ!?
学校にいってたころや、卒業したころは、鍼は効くとは思っていませんでした(結構長い間です)勉強会などに参加しても、本を読んでも「本当に効くの?」くらいにしか思ってませんでした。
師匠の治療を見て、鍼って効くんだ…と思い、即弟子入りしましたが、その時は鍼灸学校を出てから4年経っていました。
私が今「成功」しているとは思いませんが、鍼灸を職業にできているのはありがたいことだと思っています。本当に「舞台に上がってきてもらう」ことは大変だと日々実感しています。
>macさん
師匠との出会いは運命ですね!!
即弟子入りだったんですかっ。
鍼が効くぅ~!という場に立ち合うと立ち合わないでは、その後の鍼灸師人生が大きく変わってしまうものですね。
好きなことを職業にできるって、本当にありがたいですね。苦労もありますけど…(笑)
「鍼って効くの?」というのは素人から良く聞かれ
る質問ですが、答えるとするならば
「鍼は効くもんじゃない、効かすもんだ」
でしょうかね?
>jackalさん
お、良いところを突いてきましたね☆
バットは野球選手が握るからヒットを打てる。バットがヒットを打つわけではない、というふうに答えるかな。
鍼灸師になるっていうのは、バッターボックスに立てるというだけな気がします。技術がなければ、ピッチャーの投げる玉は怖いだけです(笑)
今でも恐怖は感じます。だから、恐怖を克服できる技術がほしいです。あとはバッターボックスに経ち続けられる勇気(=鍼灸師で生き抜く勇気)。
野球好きでもないのに、野球にたとえてしまった。なぜだろう。
はじめまして。
私は鍼のすごさを昨年知りました。
亡くなった父が晩年お世話になりました。
癌性疼痛で苦しんでもおかしくない時期に
家で過ごせたのも、定期的に鍼を打ってもらっていたからです。鍼灸がもっと病院でも取り入れられ、
麻薬でない、患者の苦痛を取り除く方法として
認められたら、と願っています。。
私もいつか鍼灸師になりたい、とあこがれています。
>くまさん
初めまして。
貴重なご経験ですね。
病院で鍼灸を受けられるようになれば、喜ぶ患者さん、救われる患者さんは増えるでしょうね。くまさんがお父様を通じて見た鍼灸はスゴイものだと思います。とても腕のある先生だと感じました。
私が鍼灸師になったのはある鍼灸師の存在からでした。今でも、あこがれの存在です。人の心を動かすことができるのも鍼灸の魅力で、決して病院医療にはないものがあると確信しています。
返事が大変遅くなって本当に申し訳ありませんでした。また読みに来てくださいね。最近、更新していませんが…。